★★★★☆
あらすじ
時間を行ったり来たりすることができ、宇宙人にさらわれたこともある男の生涯。
感想
第2次大戦に出征し、捕虜となってドレスデン爆撃に遭遇した体験がメインに描かれている。しかし、敵の捕虜になっていたとはいえ、味方に爆撃を受けた気分はどんなだったのだろう。お国のためにと命をかけるつもりだったのに、そのお国に殺されそうになるなんて、戦争の馬鹿らしさを実感するには十分だったかもしれない。
とはいえ物語は、それに対してドラマチックに憤ったり悲しんだりすることはなく、ただただ淡々と進んでいく。無気力に、流されるままに身を任せている。
この小説には、性格らしい性格を持つ人物はほとんど現われないし、劇的な対決も皆無に近い。というのは、ここに登場する人びとの大部分が病んでおり、また得体の知れぬ巨大な力に翻弄される無気力な人形にすぎないからである。いずれにせよ戦争とは、人びとから人間としての性格を奪うことなのだ。
p194
その姿勢は戦争中だけではなく、戦争が終わった後も続く。戦争を経験してしまった事で、もはや自由意思を用いる事を忘れてしまったかのように、主人公は操り人形のように漂うだけだ。そして、意図しない日時に時間旅行をしてしまうという特殊な能力を持つという主人公の設定が、それを強調するのに効いている。捕虜としてあちこち場所を移動させられるのも、時間をあちこち移動させられるのも大して変わらないとばかりに、慌てふためく事もなく常に無気力。過去を変えることで未来を変えようなんて思わない。それはもうそういうものなのだ。無常観というか、悟りというか、ただ時が流れるのを見つめている。
さらには宇宙人に連れ去られて彼らの星で見世物にもなるのだが、それすらも「そういうものだ」と言わんばかりに、されるがままに受け入れている。そんな状態なのに、主人公が戦後、大金持ちになっているのが可笑しいが、そういう時代だったというだけなのかもしれない。そこには何も達成感は感じられない。
時間軸が前後して物語が展開するので、これは中盤の話になるのだが、人生の終盤で彼は、自らの人生観というか人生のやり過ごし方を人々と分かち合おうとするようになる。だけどこれも決して積極的な様子はなくて、消極的であることを積極的に訴えているような感じ。皮肉というかなんというか。こんな状態を生み出してしまう戦争の無意味さ、悲惨さがひしひしと伝わってくる。
著者
カート・ヴォネガット
登場する作品
「異常なる民間の妄想と群衆の狂気(Extraordinary Popular Delusions and the Madness of Crowds : Complete and Unabridged : All Three Volumes 1841-54)」 チャールズ・マッケイ
「風に捧げる言葉(Words For The Wind )」 シオドア・レスケ(Theodore Roethke)
「セリーヌとそのヴィジョン(Celine and His Vision)」 エリカ・オストロフスキー
「兵卒スロヴィクの処刑(The Execution of Private Slovik)」 ウィリアム・ブラッドフォード・ヒューイ
「赤色武勲章(赤い武功章―他3編 (岩波文庫))」
「ドレスデンの破壊(The Destruction of Dresden)」
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