★★★★☆
あらすじ
イタリア系アメリカ人の主人公は、南部ツアーを行う黒人ピアニストの運転手となる。
実話に基づいた物語。アカデミー賞作品賞。
感想
人種差別的法律の残るアメリカ南部を演奏ツアーで回る黒人ピアニストと、イタリア系白人の運転手の物語だ。当然、人種差別の問題は色濃く出てくるが、まずは二人のコミカルなやり取りが面白い。
生まれや育ちの違う二人のカルチャーギャップから笑いは生まれる。ただ、主人公が典型的なイタリア系なのに対して、ピアニストは黒人のステレオタイプからはかけ離れた、高い教育を受けた品の良い文化人だ。そこには黒人に対するイメージのギャップも描かれていると言える。
しかし、黒人ピアニストは謎めいた人物だ。特に豪華な部屋に住み、神秘的な衣装を身につけ、玉座に腰掛けて登場するシーンはミステリアスすぎだった。アフリカのどこかの国の高貴な身分の人かと思った。ヨーロッパで育って多言語を話し、複数の博士号を持った天才ピアニストだとしても、そんなに品が良くなれるものなのか。ただ、彼を演じるマハーシャラ・アリの説得力のある演技が、そんな疑問を寄せ付けないのだが。
そして一方のイタリア系の主人公は、演じるヴィゴ・モーテンセンが段々とロバート・デ・ニーロに見えてきた。今さらだが、ロバート・デ・ニーロは典型的なイタリア系ということなのだなと実感した。これもステレオタイプとなって良くないのかもしれないが。彼の肝の据わった感じ、表情で物語る感じが良かった。
そんな二人の間で笑いが生まれる。中でも、主人公がお喋りの中に放り込んでくる下品な言葉や話を、ピアニストが上品に受け流すシーンが可笑しくて好きだった。どんな話でも忍耐強く丁寧に相槌を打ちながら聞いているのに、汚い言葉が出てくるとそれは受け入れたくないとばかりに一瞬、すべてが停止してしまう。それでも気にせず話し続ける主人公。時おり訪れるこの妙な間が最高に可笑しかった。二人のコメディシーンはどれもハズレがなく、もれなく楽しめる。
面白い道中ではあるのだが、そこには常に南部の人種差別が影を落としている。泊まる場所は限定され、バーに行けばリンチに遭う。ゲストとして招かれている場所ですら、差別的な待遇を受ける。そんな扱いをされ続けながらも、自身の尊厳を保ち続けようとするピアニストには頭が下がる思いだ。自分が同じような立場に置かれたら、自暴自棄になってしまいそうだ。
しかし、このピアニストを呼んだ南部の金持ち達は、彼をゲストとしてもてなしながらも、次の日からはまたいつもの差別の染み付いた日常に戻っていくのかと思うと複雑な気分だ。自分は黒人をもてなした事がある差別や偏見のない人間だ、と自己陶酔しながら生きていくのだろう。そして、レイシストだと糾弾されるようなことがあれば、黒人の客を家に招いたことがあると弁解するのかもしれない。最初の頃の主人公のように。
はじめは差別的感情があった主人公も、旅を続けるうちに次第にそれは薄れていく。やはり対等な立場で交流を図るということは大事だ。互いに距離を取るのではなく、歩み寄る事。もともと対等の関係ではなかったアメリカでの歴史的背景を考えると、ただ歩み寄るだけで乗り越えることは難しいのかもしれないが、少なくとも分断を深めることはしない方がいいだろう。
偏見がなくなり相手の肌の色など気にしなくなった主人公が、ピアニストと一緒にいつも通りの行動を取ったら、途端に現実を突きつけられるシーンは切なかった。二人の間では問題がなくなっても、社会がそれを認めない。社会を変えるということは大変な事なのだと気付かされる。
それからあまり映画の本題とは関係ないが、皆が契約を大事にしているのが印象的だった。契約というと束縛されるようで窮屈なイメージがあったが、納得して約束した事なのだからその内容は絶対に守る、という彼らの矜持には爽やかさがある。
日本のように何をやるのか曖昧なまま「やります」と言ってしまい、なんであろうと命令されるがままに、ただし文句を言いながらだらだらと仕事をするよりはよっぽどましだ。納得した事しか契約しない、契約した以上は絶対にそれを守る、というやり方の方が気持ちよく仕事が出来そうだ。契約にない事は簡単に断れるし。
南部演奏ツアーも終わり、二人はニューヨークに戻ってくる。ラストは少しちぐはぐな印象があったが、主人公のアドバイス通り、ピアニストがただ待っているのではなく、自分から向かっていったということだろう。重いテーマを持ちながらも、面白く軽やかに描いた良い映画だった。
スタッフ/キャスト
監督/脚本/製作 ピーター・ファレリー
脚本 ニック・ヴァレロンガ/ブライアン・ヘインズ・カリー
製作総指揮 ジェフ・スコール/ジョナサン・キング/オクタヴィア・スペンサー/クワミ・L・パーカー/ジョン・スロス/スティーヴン・ファーネス
出演 ヴィゴ・モーテンセン/マハーシャラ・アリ/リンダ・カーデリーニ
登場する人物
ドン・シャーリー/トニー・リップ