★★★★☆
あらすじ
ホロコースト学者の大学教授は、著書で名誉を傷つけられたとホロコースト否定論者に訴えられる。
実話に基づく物語。レイチェル・ワイズ、トム・ウイルキンソンら出演。原題は「Denial」。107分。
アーヴィング対ペンギンブックス・リップシュタット事件 - Wikipedia
感想
ホロコースト否定論者と法廷で争うことになった女性学者が主人公だ。歴史を歪める危険人物だと著書で名指ししたことで名誉棄損で訴えられた。優秀な弁護士チームと組み、裁判に挑む。
主人公が、弁護士チームに証言は不要だと言われて戸惑い、不満そうな表情をするシーンは印象的だ。証言すると率先して名乗り出るホロコースト経験者もいたが、自分たちは正しいのだから、ただそれを主張すればいい、と考えてしまうのだろう。気持ちはよく分かる。
だが裁判は別物だ。相手は真実をひっくり返そうとしているわけで、緻密に理論武装し、あの手この手と繰り出す準備をしている。そんなところにノコノコと信念だけの無防備な状態で出かけていけば、簡単に足元をすくわれてしまう。
正義がいつも脅威にさらされているのは、堂々としていれば大丈夫、という楽天主義が影響しているのかもしれない。冤罪もそうやって起きるのだろう。それを理解し、主人公らの熱い思いに流されることなく、冷静に対処した弁護団は流石だ。
そんな弁護団に、原告の否定論者は弁護士も雇わず、たった一人で対峙する。パフォーマンス的意味合いもあるのかもしれないが、自信家でもあるのだろう。だがその自信こそが彼を陰謀論に走らせたような気もする。こんなすごい自分がそう思ったのだから、そうに違いない、とどんどん変な方向に突き進んでしまった。
彼が差別主義者だと指摘された時のきょとんとした顔も印象に残る。自己正当化を繰り返すうちに、もはや差別とは何かが分からなくなったみたいだ。その後のインタビューでは、「私には黒人の友人がいる」的な定番の言い訳もしている。そこでも差別発言をしているのだが、本人は全く気付いていないようだった。
しかし「ホロコーストはなかった」のような歴史改竄をしたがる人は、日本を含めどこにでもいる。あれは親が「まさかうちの子がそんなことをするわけがない」と思うような、信じたくない気持ちから始まるのだろう。だがそう思うようなことがあった時、その子は大抵やっている。願望と事実を混同してはいけない。
この裁判も、事実とファンタジー、別の世界に住む者同士の言い争いのような雰囲気があり、根本のところで噛み合っていないような気がした。終わってみれば当然の判決だったが、それがひっくり返されるかもしれないという末恐ろしさがあった。ホロコーストの有無ではなく、名誉棄損かどうかで争っているのもポイントだ。
90年代半ばに始まる出来事だが、この頃でも否定論者はそれなりの規模のコミュニティを築いていたのかと驚く。人を集めやすいネットが普及した現在、たくさんの陰謀論が隆盛を極めているのも納得だ。色々あり過ぎて、逆に埋没するようになった、まである。過ちを認めず、相手への嘲笑を続ける否定論者の言動は、昨今の陰謀論者的インフルエンサーたちの言動と重なる。
主人公と弁護士たちが信頼関係を築いていく過程に心動かされる物語だ。だが、当然のように殺される側ではなく殺す側の立場で想像力をめぐらす弁護士や、いつまでホロコーストの話をしなければいけないのだ、とうんざりする関係者など、主人公の周辺にも危うさを感じる瞬間があり、いつ誰がおかしくなっても不思議はないことを示唆している。
SNSの様々な問題が浮き彫りになっている今こそ見たい映画だ。今ならもっとひどいことになっているだろうなと容易に想像できて、胃が痛くなる。
スタッフ/キャスト
監督 ミック・ジャクソン
脚本 デヴィッド・ヘアー
原作 否定と肯定 ホロコーストの真実をめぐる闘い (ハーパーBOOKS)
出演 レイチェル・ワイズ/トム・ウィルキンソン/ティモシー・スポール/アンドリュー・スコット/ジャック・ロウデン/カレン・ピストリアス/アレックス・ジェニングス/マーク・ゲイティス
登場する人物
デボラ・E・リップシュタット/デイヴィッド・アーヴィング

