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「じんかん」 2020

じんかん

★★★★☆

 

あらすじ

 松永久秀の二度目の謀反の報を受け取った織田信長は、以前彼から聞いた半生を小姓頭に語り始める。

 

感想

 主家殺し、将軍殺し、東大寺大仏殿焼き払いの三悪を為し、信長に二度も謀反を企てた戦国時代の梟雄、松永久秀が主人公だ。これだけの悪事を働きながら、どうやら織田信長が気に入っていたらしいという不思議な人物でもある。

 

 物語は松永久秀の幼少期から始まる。だが最初は主人公としての登場でなかったのが面白い。主人公が率いる子供の野盗団の一員に加わり、そこから成り上がっていく様子が描かれていく。成り上がったというよりは、様々な出会いがあり、その縁に導かれるように立場が変わっていったという方が正しいだろう。彼なりに信念をもって動いた時もあるが、運の要素も多分にあった。人生とはそんなものだ。

 

 

 そして、人生で最も動きのある20代から40代までの時代がごっそりと端折られているのも面白い。その間に何もなかったわけではもちろんなく、色々あったのだが語るほどの大きな成果は得られなかったということなのだろう。それだけ当時の京周辺は複雑怪奇を極めていたと言える。あちらを奪えばこちらを奪われ、一進一退を繰り返すことしかできなかった。そんな中で主人公らが入り乱れていた力関係を少しずつ整理し、ある程度まで勢力図を簡略化したからこそ、後の信長らが治めやすくなったとも言えるかもしれない。

 

 主人公が行った三悪については、独自の解釈で描かれる。それらにはやむを得ない事情があったことになっており、謀反に関しても同様だ。その説明には確かに肯けるものがあり、信長が謀反を許したことにも納得してしまった。考えてみれば本当の悪人だったら多くの人が付き従うことはないはずで、彼らが理解できるだけの理由があったと考える方が自然なのだろう。

 

 主人公はそれまでの人生で背負ってきたものに誠実に対応し、その結果生じてしまった世間の悪名には敢えて抗弁しなかった。同じく誤解されがちだった信長は、そこにシンパシーを感じたのかもしれない。

 

 歴史上の人物の評判なんて、案外こんな感じで誤解に満ちたものが多いのだろう。後世の人々が面白おかしく語ることで出来上がっていった人物像だってある。最近の文書改ざん事件で処分された役人だって、未来の人々からは時の政権に逆らい転覆させようと企んだ大悪人と見なされている可能性もある。実際は時の政権に忖度しただけの小役人で、その功績が認められて後に栄転だってしているが、そんな事実には誰も注目しないかもしれない。

 

 悪人のイメージを覆すような松永久秀像が浮かび上がってくる物語だ。逆にちょっと誠実すぎないかと思ってしまう部分はあったが、読み応えがあり楽しめた。特に苦楽を共にしてきた弟の最期のシーンは泣けた。

 

著者

今村翔吾

 

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登場する人物

松永久秀/織田信長/武野紹鴎/柳生宗厳/三好元長

 

 

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