★★★☆☆
あらすじ
主人の命で大権現に刀の奉納へ向かう男は、道中で奇妙な世界に入り込んでしまう。
感想
奇妙な世界にはまり込んでしまった主人公が、元の世界へ戻る機会を窺いつつ、当初の目的である大権現参りの旅をとりあえず続ける物語だ。奇妙な人物が次々と登場し、奇妙な出来事が次々と起こる。主人公は数々の難局を何とか乗り越えていくのだが、彼がいつも気にしているのは自分の行いを主人がどう思うのか?ということだ。
主人公は、主人のこれまでの悪逆非道な振る舞いに怯えきっている。彼の見聞きした情報から、きっと主人は悪魔のような人物なのだろうなと思っていたが、あまりにも主人公が「主は」、「主は」と言及するものだから、主人とは神様的なものなのか?と段々気付いてきた。
そして元いた場所があの世で、今いる場所がこの世なのか?とも。ただ単純に面白可笑しい話をやっているわけではなく、そこには深い意味が隠されていた。
だが主人は神様的な人なのに、悪魔のように見えてしまったのは面白い。全く正反対の存在であるはずだが、方針にブレがなく首尾一貫しているという意味では同じようなものなのかもしれない。確固たる方針があるからこそ運用も厳格で、例外はなく融通も効かない。それに従わなければならないとなったら厄介だろう。よく考えると聖書や神話で描かれる神は残酷だ。神と悪魔はよく似ている。
だが主人公は、そんな「主」の存在を都合よく利用してしまっている。主からの使命を果たすためにまずは十分な休養が必要だとサボり、リフレッシュも欠かせないと遊ぶ。使命のためにやるのだから仕方がない、主も分かってくれるはずと、良くないこともやってしまう。典型的なダメ人間だ。
しかしダメ人間になってしまうのは、天才的に言い訳が上手い人なのかもしれない。普通の人は、やらなければいけない事はやらなければいけないのだからと嫌々ながらもやるが、ダメ人間はやらなくてもいいと思えるような上手い言い訳を編み出すことが出来てしまう。それで自分を正当化して安心し、結局やらずに先送りしてしまう。そうやって自分を甘やかし続けることで、色んなものが手遅れになっていく。
ただ、うまく自分を騙せずに何でも真面目にやってしまう人は、それはそれで問題が起きてしまいそうなので、その中間で程よくやるのがいいのだろう。
終盤に主人公は、自分のやることは主が喜ぶこと、敵のやることは主が怒ることと、ただ都合よく解釈していただけだったと終盤に思い知らされる。まったく教えに従っていなかったわけだが、それでも「主」のいない生き方は考えられないと言っていたのは印象的だった。人間は自分の中に何かの基準がないと生きていけないのだろう。それは神でなくとも、間違っていても構わない。打ちのめされた主人公が振出しに戻るカルマを感じる結末だった。
不思議なことがたくさん起きすぎて、すべてはうまく消化できていないが、生きるとは?「自分」とは?と、人間の根源的なことを考えてしまう物語だ。
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