★★★☆☆
あらすじ
アウシュヴィッツ収容所の壁の隣で、所長一家は幸せに暮らしていた。
アカデミー賞国際長編映画賞。105分。
感想
広い庭付きの立派な屋敷に住む一家の物語だ。夫婦二人に五人の子供、それに使用人たちを抱えて暮らしている。一見すると普通の満ち足りた幸福な家族だが、普通でないのは、壁一枚隔てた向こうはホロコーストが行なわれている収容所があり、一家の主がその所長をしていることだ。
ホロコーストの悲惨な様子は直接描かれないが、塀の向こうから聞こえてくる不穏な音や声、また煙突からもくもくと上がる煙などから容易に想像することができる。一家はそんな環境に慣れてしまっており、気にすることもなく日々を暮らしている。
そんな彼らの日常が淡々と描かれていく。何気ない日々の出来事の中に、夫が部下にいかに効率よく収容者を焼き殺すかの指示をしたり、妻が収容者から没収した高級品を手に入れてウキウキしたりするシーンが紛れ込んでおり、平然とした彼らの態度に背筋が寒くなる。その他にも、多くの違和感を覚えるシーンがスルーされていく。
彼らは意識的に見て見ぬふりをしているのではなく、もはや麻痺してしまっているのだろう。遠方から訪れて、最初は立派な暮らしぶりに感心していた妻の母親が、人を焼く匂いに耐え切れなくなって出ていったのとは対照的に、彼らは慣れてしまった。塀の向こうで起きていることを「関心領域」の外に置くことでやり過ごしている。
そうするしかなかったとはいえ、虐殺が起きているすぐそばで一家が平気な顔で暮らしているのは、異様な光景だ。だが平然としていても、心は確実に蝕まれている。終盤に夫が何度も吐き気を催していたのはその表れだ。パーティーに集まった人々をいかに焼き殺すかを考えているなんて、相当に狂っている。兄が弟を温室に閉じ込めて笑っていたのも、子供たちの心の闇を感じさせる。
だが彼ら一家を、異常だと簡単に責めることは出来ない。我々もまた、進行中の虐殺や復興の進まない被災地を「関心領域」の外に置いて、何食わぬ顔で日々を過ごしている。彼らと似たようなものだ。出来ることは限られているが、リンゴなどを収容者に渡そうとしていた手伝いの少女のように、やれることはやろうとする姿勢は持っていたいものだ。
異常な状況で繰り広げられる家族ドラマだ。大きな展開もなく静かに進行するが、その静けさが次第に恐ろしくなってくる。そして自分も彼らのようになっていないか?と省みて、厳粛な気持ちになる。
スタッフ/キャスト
監督/脚本 ジョナサン・グレイザー
原作 関心領域
出演 クリスティアン・フリーデル/ザンドラ・ヒュラー
撮影 ウカシュ・ジャル
登場する人物
ルドルフ・ヘス/オズヴァルト・ポール/アルトゥール・リーベヘンシェル
