★★★★☆
あらすじ
聴覚障碍者の両親と兄を持つ女子高生は、合唱サークルに入るが家族のサポートとの両立に悩む。
フランス映画「エール!」のリメイク。アカデミー賞作品賞、脚色賞、助演男優賞。
感想
聴覚障碍を持つ家族の中で、自分だけが耳が聴こえる女子高生が主人公だ。彼女は自然と家族と他の人間との仲介役となっており、家族もそれに頼っている。だが高校生ともなれば外の世界を知りたくなる年頃だ。歌うことへの興味とちょっとした下心から合唱サークルに入部する。家族とは別の新しい世界を持ちたいと思いつつも、家族を助けたいという気持ちもあり、その両立に思い悩む主人公の姿が描かれていく。
この主人公一家のもう一つの側面は、漁師の一家であるということだ。だからなのか粗暴で下品な言葉が(手話で)飛び交い、性にも奔放で下ネタも多く、色々と笑えるシーンがある。耳が聴こえない以外は彼らも我々と変わらないのだなと気づかせてくれる。とはいえ、漁師だから、というのも一種のステレオタイプなのだが。
こういった表現が今までの映画やドラマであまり見られなかったのは、描く側が彼らを敬してなのか何なのか、遠ざけてしまっていたからだろう。そういった遠慮が彼らとの間に溝を生み出している。主人公の兄が積極的なのに対して、両親は他者と関わることを避けているように見えたが、彼らも最初からそうだったわけではなく、様々な苦い経験を経た結果、そうなってしまったのかもしれない。
そんな両親が、娘が出演するからとコンサートにやって来たものの、途中で退屈して手話で今夜の夕食についての話を始めたのはとてもリアルだった。耳が聴こえないのだから関心を持てないのも当然だろう。だが、主人公の出番になった途端、他の観客のリアクションを必死に観察し始める。娘が関わることにより突如、音楽が彼らの関心事になった。帰宅後に父親が、娘の歌声を必死に聴こうとしたシーンには胸が熱くなった。彼の中で無理だとあきらめて距離を取っていたものに、再び歩み寄ってみようとする気持ちが湧いてきたようにも見えた。
このコンサートと大学入試のオーディションのシーンでは見事な演出があり、とても印象に残るものとなっている。その他にも、今まで気づかなかったような聴覚障碍者の視点に気付ける演出がいくつもあった。これらを生真面目にではなく、コミカルな雰囲気の中でやれるのが素晴らしい。音楽に包まれた映画だが、使われている曲のチョイスもいい。
音楽により主人公は新しい世界を切り開き、家族は新しいやり方で世間と関わる方法を模索するようになった。主人公一家の新たな形態での再出発が描かれる。なんだかんだ言っても、家族の仲が良いのは素敵なことだなと再認識させてくれる映画だ。自分たちを変な家族だと思い込んでいた主人公は驚いていたが、同級生が彼女の家族を羨んでいたのもよく理解できる。終盤は泣けるシーンの連続だった。
スタッフ/キャスト
監督/脚本 シアン・ヘダー
原作
出演 エミリア・ジョーンズ/エウヘニオ・デルベス/トロイ・コッツァー/フェルディア・ウォルシュ=ピーロ/ダニエル・デュラント/マーリー・マトリン/ケヴィン・チャップマン
音楽 マリウス・デ・ヴリーズ