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「たった一人の反乱」 1972

たった一人の反乱 (1972年)

★★★★☆

 

あらすじ

 防衛庁出向を断って天下りした元経産省の男は、妻と死別後すぐに若いモデルと再婚するが、少しずつ彼の生活に異変が生じ始める。

 

感想

 昭和中期を舞台にした物語だ。だが最初は主人公らの暮らしぶりに戸惑ってばかりだった。主人公は地方の裕福な家の出で元官僚、天下りして今は企業の重役という、いわゆる上流階級に属する人なので、庶民とは生活や考え方が全然違う。

 

 家には女中がいて当然で、女性は生まれや育ちでキッチリと区別して、妾のタイプと遊ぶ。結婚は有力者とのコネクションのためにあり、そんな縁談を誰かが持ち込んでくるものだと思っている。なんだかフランスの貴族を描いた小説を読んでいる時と同じくらいカルチャーギャップがあった。

 

 

 序盤はそんな主人公の生活ぶりを興味深く読みながらも、でも単なる上級国民の身辺雑記みたいなものだなと思っていたのだが、読み進めていくうちにどんどんと引き込まれていった。主人公が若いモデルと結婚したことから生活に少しずつ異変が生じ始めるのだが、その微妙に変化していく過程を描くのが上手い。この人、以前はこんなこと言わなかったのにな、とぼんやり考えたりしている。

 

 またそこで雑談のように語られる話も面白く、しかもそれらが積み重なることで実はひとつの大きなテーマが見えてくる仕組みになっている。

 

 そのテーマとはタイトルの通り「たった一人の反乱」だ。最初は女中の反乱を描いているのかなと思っていたのだが、彼女だけでなく登場人物たちそれぞれが彼らなりの反乱を起こしていたことに気付く。よく考えれば主人公だって防衛庁への出向を断って官僚を辞めており、これも反乱だと言えるだろう。彼らの中では常識だった有力者の縁者の女性とではなく、若いモデルと再婚したのもそうだ。彼のもとに集まった人たちが気づかぬうちに相互に影響を与え合い、それぞれの反乱を起こしていく。

 

 主人公は官僚になるくらいだし、過熱していた学生運動にも懐疑的で、いわゆる保守的な人間だと言えるが、そんな彼にも彼なりに思うところがあり、無意識ながらもリベラルな部分も持っていることが分かる。積極的に壊そうとは思わないが、それでも現在の市民社会から逸脱してでも譲れない部分はある。

 

 この物語は「時計」が重要な意味を持っており、各所にそれが登場する。主人公の家には前妻が持ち込んだまま今は動かなくなった古時計があったが、新しい若妻によってその針だけが外されてしまい、時計の条件を満たさなくなってから、この家を訪れた人々それぞれの反乱が始まったことは色々と示唆的だ。

 

 じっくり読み込みたくなるような読み応えのある物語だった。

 

著者

丸谷才一

 

 

 

登場する作品

「群集の人」 「ポオ小説全集 2 (創元推理文庫 522-2)」所収

孤独な群衆 上 (始まりの本)

たけくらべ

告白 上 (岩波文庫 青 622-8)

我が秘密の生涯 (河出文庫) 

 

 

 

この作品が登場する作品

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