★★★★☆
あらすじ
90年代に活躍した後、消息不明になったあるミュージシャンの熱狂的なファンである恋人に辟易していた女性が、はずみで最近発表されたデモ音源に批判的なコメントをネットでしたところ、ミュージシャン本人から返信が来てしまい戸惑う。原題は「Juliet, Naked」。
感想
一部で伝説的ミュージシャンとして神格化されている男と交流を持つようになったイギリスの片田舎の女性が主人公だ。恋人がその男に関する第一人者で、彼女自身はうんざりしていたというのが面白い。恋人はミュージシャンが消息不明なのをいいことに、あることないこと噂話で盛り上がっているのに、その横で主人公は当の本人と直接メールのやりとりをしている。
しかし電子メールが一般化したときは、手紙と違ってタイムラグなく直接文章のやり取りをするなんて味気ない、なんて言われていたものだが、今見ると互いに文字のみの長文でやり取りする様子は味わい深かった。
とはいえ、この映画の時代設定は現代でスマホも登場しているので、それでも動画や画像を交えた短文のやり取りではなく電子メールなのは、単に登場人物たちの世代ならでは、というだけのことなのかもしれない。もしくは自分が知らないだけで、こんな風に長文のやり取りをしている人たちが今も一定数はいるということなのか。
親密なメールを何度かやり取りした後、主人公の住むイギリスへミュージシャンの男がやって来ることになり、物語は大きく進展する。二人がこれまでの人生で抱えてきた問題に向き合い、前に進んでいこうとする様子が、軽快な会話やコミカルなシーンを交えつつ、描かれていく。
中でも熱狂的なファンである主人公の恋人が、ミュージシャンの男と初対面するシーンは面白かった。まさか自分の地元に伝説の当人がいるなんて思いもよらず、悪い冗談と決めつけて失礼な態度を取ってしまうのだが、後からじわじわと疑念と後悔が湧いてきて、気まずそうな顔になっていく。
それから皆で食事をした時の、二人のやり取りも印象的だった。ミュージシャンの男を神格化し、勝手な妄想を交えて絶賛する恋人は、男を怒らせてしまう。だが勝手な妄想だろうとその作品に感動した彼の気持ちは、たとえ作者と言えども否定はできないはずだ。怒鳴られながらも決してそこは引かなかった彼の主張には一理ある。マニアの矜持を見たような気がして胸が熱くなった。
しかしうまくいかなかった作品を絶賛されてしまうジレンマというのは、アーティストには良くある話なのだろう。逆にファンから見れば、大好きな作品を当の本人に失敗作と決めつけられてしまうのは悲しいことだ。最近では失敗作と言われたファレル・ウィリアムズのアルバムを、タイラー・ザ・クリエイターが熱く擁護していたのが印象に残っている。
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主人公は子供はいらないと恋人と同意していたのに気が変わったわけだから、彼女がまったく正しいとは言えないが、人生とはそんな現実と折り合いをつけてそれでも前に進んでいかなければならないものだ。恋人が浮気して出て行ったり、ミュージシャンが自分の街にやってきたりと自然に道が出来上がっていく随分と都合の良いストーリーだったが、それでも悪くない映画で楽しめた。個人的に音楽愛が感じられる映画であれば、だいたい満足できてしまう。
それから原題であり、二人の文通が始まるきっかけにもなったデモ音源を集めたCDのタイトル「Juliet, Naked」は、ビートルズの「Let It Be...Naked」みたいなものだと思うのだが、「裸のジュリエット」と訳されてしまうとなんかイメージが違う。ただ映画のタイトルにもするくらいなので、「裸の」が、素の自分、本当の自分という意味でかかっているのかもしれないが。
スタッフ/キャスト
監督 ジェシー・ペレッツ
原作 Juliet, Naked (English Edition)
製作 ジャド・アパトー/アルバート・バーガー/バリー・メンデル/ジェフリー・ソロス/ロン・イェルザ
製作総指揮 ニック・ホーンビィ/サイモン・ホースマン/パトリック・マーリー/トーステン・シューマッハー
出演 ローズ・バーン/イーサン・ホーク/クリス・オダウド/アジー・ロバートソン