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「しょうがの味は熱い」 2012

しょうがの味は熱い (文春文庫)

★★★☆☆

 

あらすじ

  結婚をのぞむ女とそれをためらう男の同棲カップル。

 

感想

  長年の同棲生活で心がすれ違う男女。一緒に食事をしても互いに別々なものを食べ、会話も少なく、男は連休にさっさとひとりで海外旅行に出かけてしまう。二人の関係が冷めてしまっている部分もあるが、男が外の世界で疲弊してしまっているということの方が大きいように思う。やりたくもない仕事で消耗し、家ではただただそれ以上疲れないように疲労の回復に努めようとしている。無気力で少しうつ病のようにも思えなくはない。彼の姿に、なんとなく今の時代や世相を感じてしまう。

 

 そんな心ここにあらずの男の様子を窺いながら刺激しないように少しびくついている女。同じ部屋で同じ時間を過ごしながらも、一緒にいないような寂しさを感じている。

 

 

 ただ満身創痍の男にとってそんな彼女が疎ましく感じてしまうのわかるような気がする。家では何もせずただじっとしていたいのに、女の視線に圧力を感じて心が安らがない。女も男がそう感じていることを知っているから、恐る恐る接することになる。そんな状況がこの先も続くことに嫌気がさした女は密かに別れを決意するが、男のたった一言ですっかりその気が失せてしまう。

 

 あまりこの小説とは関係ないがこういうもう限界、という時に、抜群のタイミングで懐柔する言葉をかけてくる人っているよな、と思ってしまった。ムカつく上司とかDVの男とか。これ以上何かしたら相手は爆発するなという雰囲気を嗅ぎ取って、態度を急変させる。何なんだろう、あの勘の良さ。

 

 この小説は2編に分かれているのだが、2つ目の話が始まったときはあまりにも雰囲気が違って、別の短編なのかと一瞬思ってしまった。前編からさらに時間が流れ、女は男に結婚を迫っている。だけど男の反応は鈍い。

 

ほら奈世、あなたはあなたと結婚するという言葉を聞いただけで、ここまで暗い顔になる男の人と三年も同棲してきたのよ。

p85

 この女の意地の悪い自虐的な感情がちょっと怖い。妙にポジティブだったり、急に心細くなったりと、いつの間にか彼女の心も蝕まれてしまったかのようだ。この病んだ心が伝染していく様子もどこか現代っぽい。皆が病んでいき互いに衝突を繰り返す。

 

 二人は色々ありながらも最後はハッピーエンドを迎えるのだが、とても心もとないハッピーエンド。はたから見ていると二人の行く末にはうまくいかなさそうな雰囲気がプンプンと漂っている。二人にも今後に対する不安が見え隠れする。ただ例えそうだとしても、今の二人がそうしたいと思っているのならそうするのが最良の選択のはずだ。今は分かれる気はないのに別れる事なんかないし、将来の事なんてどの道分からない。今の気持ちに正直でいるしかない。

 

著者

綿矢りさ 

 

しょうがの味は熱い (文春文庫)

しょうがの味は熱い (文春文庫)

 

 

 

登場する作品

恋人たちのクリスマス(ニュー・ヴァージョン)

 

 

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