★★★★☆
あらすじ
広島の国際演劇祭に招聘された演出家・俳優の男は、期間中の車での移動を専属ドライバーである若い女に任せることになる。179分。
アカデミー賞国際長編映画賞、キネマ旬報ベスト・ワン作品。
感想
心残りがあるまま妻を亡くしてしまった男が、若いドライバーの女とたまたま出会ったことから、心境が変化していく様子が描かれる。この若い女を演じる三浦透子がいい。最初の登場時などはおじさんのような素っ気ないファッションで、静かなインパクトがあった。若い女というだけで色恋をすぐに連想してしまいがちだが、彼女の場合はそれはないな、と一瞬で分かる。
主人公は無口であまり感情を表に出さない男だ。だが、行動を共にするうちに次第に女ドライバーに心を開いていく。最初は無言で後部座席に座っていたのが、助手席に移り、やがて彼女と会話を交わすようになる変化がそれを物語っていた。この二人の関係が変化していく様子も、自然の流れの中で起きていてリアリティがあった。
主人公とは対照的な人物として登場するのが、岡田将生演じる若い俳優だ。すぐに感情を表に出して、自分を抑えることが出来ず即座に行動に出てしまう。女性にも手が早く、主人公の妻とも関係を持っていたかもしれない男で、主人公は呆れながらも目が離せないでいる。いわゆる自滅型だが、なんでも慎重に冷静に自分を抑えてしまう人間にとって、彼が魅力的に見えるのは分からないでもない。
この二人が車中で交わす会話のシーンは、引き込まれるような力があった。ここでの会話は、そんな会話するか?と思ってしまうような直球の言葉が連呼されるのだが、くそ真面目そうな主人公なら言うかもなと思わせる説得力があった。この違和感もまたこのシーンの力に貢献しているのだろう。そもそも主人公のキャラはあまり日本人らしくないのだが、演じる西島秀俊がちゃんと地に足の着いた人物にしていて素晴らしかった。
劇中劇のチェーホフの「ワーニャおじさん」のセリフもオーバーラップさせながら、セリフを主体に物語が紡がれていく。若干、会話がクドく感じる部分もあったが、言葉で埋め尽くすわけではなく、要所要所でピンポイントで行われるだけなので、全体としては静かな印象となっている。ちゃんと緩急もあり、三時間という上映時間の長さも気にならなかった。
終盤に始まる忙しないスケジュールのロードムービーの果てに訪れた静寂の時間の中で、二人は心にため込んでいたわだかまりを吐き出し、その気持ちを互いに分かち合う。何となくこちらの心まで軽くなるような、前向きな気分にさせてくるシーンだった。
何があってもすべてを受け入れて、人生を前に進めるしかない。おじさんのようだった女が若さを感じる身なりになり、颯爽と車を走らせるラストシーンは清々しかった。
スタッフ/キャスト
監督/脚本 濱口竜介
脚本 大江崇允
原作 「ドライブ・マイ・カー」
*所収
出演 西島秀俊/三浦透子/霧島れいか
登場する作品