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「年の残り」 1968

年の残り (1968年)

★★★★☆

 

あらすじ

 同級生との交流を通して過去を回想し、人生に思いを馳せる老人を描いた表題作ほか、全4編を収録。

 

 芥川賞受賞作。

 

感想

 最後に収められた「思想と無思想の間」は、戦前から戦後にかけて活躍した言論人の物語だ。最初はアナーキスト、次に共産主義者、それから転じて右翼へと、時代の変化に合わせて意見を変え、世間からは変節漢と揶揄されている人物を、娘婿の目を通して描いていく。

 

 時流に合わせて意見をコロコロと変える、いわゆるビジネス言論人があちこちで跋扈する現代に読むと、彼の世渡りぶりはなかなか興味深い。そして単なる節操のない男ではなく、彼なりの美学のようなものがあり、勉強熱心であることも伝わってくる。

 

 そんな彼が、戦後の民主主義万歳の空気が流れる中、「大東亜戦争がなぜ悪い」とぶちまけて大ブレイクする。過激なことを言って注目を集めるやり方は、今と何ら変わらなくて笑ってしまう。テレビ出演や本の出版が決まって浮かれているのも面白い。

 

 

 ウケるなら何でもありみたいな彼が、出入りしていた若い男がヒトラーに傾倒し始めたのを、さすがにそれは無いわーとドン引きしながら、慌てて止めようとしていたのは可笑しかった。彼にも超えてはいけない一線があるということなのだろう。

 

だからもしどうしても特攻隊員の「若さと美しさ」を褒めたいのなら、職業軍人のああいう臆病さ、卑怯未練、無責任、職業倫理の全面的欠如、口では忠君愛国とか軍人精神とか死を見ること鴻毛のごとしとか言いたい放題のことをほざきながら、じつは出世と恩給のことしか考えていなかった態度、最前線へゆかせられることが罰であった(武人にとってそれは光栄であるべきはずじゃないか)日本軍の堕落と頽廃をもまた、同時に指摘すべきじゃないか。非難し弾劾すべきじゃないか。

p217

 

 これは娘婿の言葉だが、彼もまた同様に若い男を止めようとしていた。リアルタイムでヒトラーを見てきた戦争体験者だからこその実感なのかもしれない。今では皆この若者のように、軽々とこの一線を越えていく。想像力がないということは恐ろしい。

 

 この若者は、オールド右翼が、隣国の人々を助けるためだったと侵略戦争を美化したがることを批判し、外国人排斥を主張している。今だとこの二つは同時に主張されることが多いが、よく考えると「助けたい」と「追い出したい」は真逆の主張だ。80年の時を超え、本来は相反する主張がいつの間にか一緒になってしまっているのは興味深い。都合よく使い分けているのか、何も考えていないのか。

 

 かたい政治話になってしまいそうなものなのに、男に何度も訪れた転機の話や娘婿とのエピソードなど、人生の機微を感じる物語となっているのは見事だ。最後も娘婿の家庭の揉め事の話で終わる。その他の作品もどれも味わい深く、堪能できる一冊だ。

 

収録作品

「年の残り」「川のない街で」「男ざかり」「思想と無思想の間」

 

著者

丸谷才一

 

 

 

登場する作品

「年の残り」

「瞑想録(マルクス・アウレーリウス 自省録 (岩波文庫))」

ロミオとジュリエット (新潮文庫)

アッシャー家の崩壊

 

「思想と無思想の間」

五輪書 (岩波文庫)

近世日本国民史 開国日本(一) ペルリ来航以前の形勢 (講談社学術文庫)

「チャタレー夫人(チャタレー夫人の恋人 (光文社古典新訳文庫)」

アウトサイダー(上) (中公文庫 ウ 6-3)

世界最終戦争 増補版

孤独な群衆 上 (始まりの本)

古事記 (岩波文庫 黄 1-1)

ヒットラ-伝

 

 

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