★★★★☆
あらすじ
殺人事件直前に容疑者と話し込む被害者が口にした東北なまりの「カメダ」という言葉を手がかりに、事件解明に奔走する刑事。
感想
事件解明のために、秋田、島根、三重、大阪、石川と各地を駆け回る刑事。勿論、現場に行かないと分からないことがたくさんあるのだろうが、電車を乗り継ぎ現地に向かったり、地図を買ってしらみつぶしに調べたり、とある村の村史を読んで手がかりはないか探したりと、仕事をしている感に溢れている。主人公の刑事はなかなか真相にはたどり着けないもどかしさはあっただろうが、それでも仕事の充実感はあったはずだ。
今ならネットで調べれば一発な事もあるのだが、こういうやり方でやってきた人たちにしてみれば、そんな簡単に調査が終わってしまうことに呆気なさを感じて、仕事をしている実感が持てないかもしれない。そういう思いがあって、年寄りは古いやり方に固執し、それを若者に押し付け、新しい技術を否定することがあったりするのだろうなと思った。今はこの時代より効率的になったが、あまり仕事の手ごたえは感じづらくなっているかもしれない。
数少ない手がかりをもとに、地道に着実に犯人に近づいていく刑事。しかし、犯人と被害者の関係を突き止めたのは分かるが、事件の証拠となる返り血を浴びたシャツの発見の仕方はなかなか無理がある。無関係な新聞記事をきっかけに、線路沿いに散りばった布の破片を見つけるなんて。ほとんど奇跡だ。それにそれは犯行時に犯人が着ていただろうというだけで、それが容疑者と結びつくわけではない。今ならDNA鑑定などができるのだろうが。
そしてついに犯人が判明。これで終わりかと思ったらここから1時間ほど続き、犯人の悲しい過去が明らかにされていく。誰も悪くなく、強いて言うなら時代が悪かった。空襲で両親が死んだと言っても、皆が平然と受け入れるような時代。混乱した時期を生き抜き、今は何食わぬ顔をしているが、誰もがひとつくらい人に言えないような暗い過去を抱えていてもおかしくはない。
発端となった殺人事件の詳細については語られないことからも、この映画で描きたかったのはこちらの方だろう。いつの間にか焦点が事件のミステリーの行方ではなくなり、その背景の人間模様がどんよりと浮かび上がってくる原作・松本清張らしい作品だ。そして、このラスト一時間の演出が圧巻。組曲がほぼまるまる演奏され、それを背景に犯人の生い立ちが刑事の口から、そして回想シーンとして明らかにされていく。それだけで犯人に対する様々な感情が呼び起こされ、心動かされる。
しかし被害者が、善人であるが故に被害者になってしまったのは切ない。彼がいなければ事件の前提になる出来事が何も起こらず、もしかしたら犯人たちもとっくにこの世を去っていたかもしれない。
スタッフ/キャスト
監督 野村芳太郎
脚本/製作 橋本忍
脚本
出演
加藤剛/島田陽子/緒形拳/森田健作/山口果林/佐分利信/花沢徳衛/加藤嘉/丹古母鬼馬二/浜村純/穂積隆信/菅井きん
音楽 芥川也寸志/菅野光亮