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「神々の深き欲望」 1968

神々の深き欲望

★★★★☆

 

あらすじ

 人々が古くからの因習を守り暮らす南の島で、罪を犯して鎖につながれ、穴を掘って暮らす男。

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 キネマ旬報ベスト・ワン作品。175分。

 

感想

 冒頭は主人公一家の暮らしぶりが描かれる。質素な家に住み、ボロボロの小汚い恰好をしているものだから、全然いつの時代設定なのか分からない。もしかしたら原始時代なのかと思ったが、そのうちモーターボートが登場し、スーツを着た人間も現れて、ようやくこれは(映画が公開された当時の)現代であることが判明する。それくらい文明から遠く離れた島での出来事だ。

 

 主人公は災厄を招く悪事を犯したということで鎖につながれ、穴を掘らされている。最初は彼が何をやっているのかいまいちよく分からなかったのだが、津波によって運ばれた巨岩をどけるために穴を掘り、そこに落とそうとしているようだ。主人公一家は彼のために島内で肩身の狭い暮らしを強いられている。

 

 

 今どきそんなことをしていることからもよく分かるが、島の人々は昔ながらの風習に従って生きている。信仰を大事にし、老人は島の伝説を子供らに語り、若者たちは夜這いに心躍らせている。彼らの原始的な生活を見ているだけでも単純に民俗学的面白さがある。

 

 だがそんな隔絶された世界にも文明はやって来る。すでに稲作からサトウキビ畑に切り替えられて東京の製糖会社の影響下に置かれているのだが、その会社から派遣されてやってきた技師の男がその象徴的存在だ。村の言い伝えやしきたりに囚われることなく、合理的に仕事を進めようとする。

 

 島民たちはそんな動きに抗う。技師に対して表では愛想よくしながらも、裏では妨害したり懐柔しようと画策する。いかにも田舎らしい陰湿さだ。だがこれが長年の経験の中で培ってきた危険なよそ者を排除するための最善の方法なのだろう。事実、前任の技師はそれで篭絡されてしまった。それを体現するような島の代表者の、のらりくらりと話をかわすすっ呆けた態度はとても印象的だ。

 

 だから皆の先頭に立って島の伝統を守ろうとしていたこの男が、新しい技師の懐柔に成功しそうになった途端に、突然その態度を変えたように見えたのは不思議な気がしてしまった。だが、彼は政治家なのだと考えればすべて合点がいく。区長であり製糖会社の工場長であることからして典型的だが、彼にとっては自分の有力者としての立場を維持することが何よりも重要なのだろう。人々を動かすのに便利だから信仰や伝統を利用しているだけに過ぎない。彼が守っていたのは島の文化ではなく、自身の立場だった。

 

 身勝手な彼の言動を見ていたら、皆が大切にしている文化や伝統も、実はその時々の為政者の、保身のために取り繕ったわがままや言い訳が積み重なっただけのものに過ぎないのかもしれないなと思えてきた。昨日と今日では全く言ってることが違うなんて酷い話だが、尊王攘夷と言っていたのに次々と諸外国と国交を開いたり、身を切る改革と言っていたのに不要不急のお祭りイベントにどんぶり勘定で大金を突っ込んだりと、政治の世界ではよく見る光景ではある。あんなに重大事のように言われていた主人公の穴掘りも、状況が変わった途端、代表者にあっさりと反故にされてしまった。

 

 因習を恣意的に運用することで権力を振るう者と、唯々諾々とそれに従い、そのために無意味な努力を強いられて時に死んでしまうこともある民衆、そんな構図が見えてくる。因習なんてくだらないと笑い飛ばせばいいだけなのだが、三つ子の魂百までで、一度身に着けた因習から完全に解き放たれることは難しい。主人公の息子をはじめ若者たちも、そんなの迷信だ、古臭いと小馬鹿にしながらも、いざとなると怖くなって言い訳しながら従ってしまっている。主人公の足につながれた鎖がその呪縛のメタファーだろう。ジャラジャラと鳴る鎖の音がいつまでも耳に残る。

 

 終盤には主人公の娘が列車に追い立てられるシーンがあったが、その一方で文明の進出を止められないのもまた事実だ。古いものと新しいもの、この両者のせめぎあいが世界を動かしてきたといえる。そんな人類の壮大な歴史に思いを馳せて、しばし余韻に浸ってしまった。堪能できる三時間の大作だ。

 

スタッフ/キャスト

監督/脚本 今村昌平

 

脚本 長谷部慶次

 

出演 三國連太郎/河原崎長一郎/沖山秀子/北村和夫/加藤嘉/原泉/嵐寛寿郎/松井康子/小松方正/扇千景/浜村純/殿山泰司

 

音楽 黛敏郎

 

神々の深き欲望

神々の深き欲望

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神々の深き欲望 - Wikipedia

 

 

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