★★★★☆
あらすじ
子供たちを連れてスペインの実家に戻り、妹の結婚式に参加した女は、式の最中に娘を誘拐されてしまう。
感想
冒頭は、主人公が故郷に戻って一族や隣人たちと久しぶりの再会を喜び、結婚式に突入していく幸せな光景が展開される。だがこの監督の映画では絶対にイヤな出来事が起こるので、いつ何が起きるのかと気が気でなかった。しかしまさか誘拐が起きるとは思わなかった。もっと地味にイヤなことが起きるものだと思っていたので意外だった。
娘を誘拐されて取り乱す主人公や、心配する一族、親身になって協力する元恋人らの様子が映し出されていく。誘拐発生直後に誰かが「犯人はこの中にいる」と言い出して、一瞬、館ものミステリーが始まるかのような空気が流れたのはちょっと面白かった。監督の作風が変わったのかと思ったが、気のせいだった。
その後は、犯人探しや人質をめぐる交渉劇などといった誘拐事件そのものではなく、登場人物たちの心理描写に重点が置かれたドラマが描かれていく。それぞれが普段は蓋をしていた周囲の人間に対するわだかまりが露わになり、秘密も明らかになる。一枚岩であるべき被害者家族や友人の関係がギクシャクとしたものへと変化していく。
だがこれも皆が主人公の娘を助けるために必死だったがためだというのが切ない。彼女を助けるためには身代金が必要だが、そんな大金はなく、あの時あの土地を売らなければ、あんな安い値段にしなければ、といった後悔ばかりがぶり返し、苛立ちが募ってしまった。それで八つ当たりして、普段は抑えていた不満を口走ったり、恨み言を言ってしまった。
突然言われた相手も動揺し、同じように今まで黙っていた不平をつい言ってしまう。そんな連鎖で悪循環が生まれてしまった。皆の心に余裕がなく、ストッパーが外れてしまっている印象だ。
冒頭の幸せな光景の裏側では、人々のこんな負の感情が渦巻いていた。表面上は仲良く振る舞っていても、心の奥底では互いに対するわだかまりを隠し持っていることもある。一見円滑な人間関係にもそんな可能性があることに、恐ろしさを感じてしまう。だが逆に考えれば、互いに悪感情を持っていても、よほどのことがない限りは仲良くやっていけるということで、ポジティブに考えるべきなのかもしれない。
それから映画全体を通じて、なぜか「神」を軽視する雰囲気が漂っているのが印象的だった。主人公の夫が神に頼る態度を見せるたびに、神が一体何をしてくれるというのだ、助けるつもりがあるならとっくに助けているはずだ、と冷ややかな空気が周囲に流れていた。監督はイラン人だが、無神論者なのだろうか。
最終的に誘拐事件は解決するのだが、犯人が捕まるわけでも警察が動き出すわけでもない、どんよりとした結末だ。そして、姉夫婦や主人公一家には、新たな疑念の芽が生まれている。それらが今後どうなるのかは霧の中、とでもいうような映像で終わるエンディングは見事だった。この後味の悪さが残る余韻は嫌いじゃない。
少し見直してみると、元恋人が、主人公の抱いている姪の赤ん坊を彼女の子供と勘違いしたり、姪が服を脱ぐ動作をよくしていたりと、物語の行く末を暗示するようなシーンが色々とあることに気付かされた。改めてじっくり見ると色々な発見がありそうだ。
スタッフ/キャスト
監督/脚本 アスガル・ファルハーディー
出演 ハビエル・バルデム/ペネロペ・クルス/リカルド・ダリン/バルバラ・レニー/インマ・クエスタ/エドゥアルド・フェルナンデス