★★★★☆
あらすじ
終戦直後、愛媛県の旧制松山高校で寮生活を送る男子学生は、町で見かけた一人の女性を好きになる。
感想
冒頭の授業シーンで、ビリビリに引き裂かれたような服を着た、ほぼ半裸の生徒が一人座っていてギョッとした。何かの前振りなのかと思っていたのに、特に何の言及もなくそのシーンが終わってしまったので、キツネにつままれた気分になってしまった。
つまりこれは異常ではなく普通の光景だということなのだと思うが、当時はまだ着るものにも困るほど物がなかったということなのか、彼らのバンカラの気風の表れなのか、どっちなのだろうか。このシーンは気になり過ぎて話に集中できなかった。
前半はそんな彼らの寮生活が描かれていく。大声を出したり暴れたりと皆血気盛んで騒々しいことこの上ない。しかも何をしているのかがさっぱり分からないのがすごい。分かるのは皆がエネルギーを持て余し、そして暇だったということくらいだ。今でも高校生からスマホやテレビなどを取り上げたらこんな風になるのだろうか、とふと考えてしまった。
それから彼らが、野蛮で荒々しい生活を送りながらも自由と独立の精神に満ち溢れていたのが印象的だった。皆しっかりと勉強し、考え、主張する。そして理想に燃えている。敗戦直後だったので、自分たちがこれからの日本を背負って立つと気負っていたのだろうか。ただ、イメージとしては戦前から伝統的にそんな気風があったような気がするので、エリートとしての自負からなのか。
今の政財界の中心にいるのはこの頃に生まれた人たちだから、この学生たちの一つか二つの下の世代と言えるが、なんで彼らと精神がこうも違ってしまったのかと不思議な気持ちになる。劇中で教師が熱く語っていたように、豊かさを手に入れる過程で大事な何かを失ってしまったということか。
一応、安保闘争、全共闘運動のようなムーブメントもその後あったわけだが、岸信介に打ちのめされた世代がつい最近までその孫にひれ伏していたのかと考えるとなかなか興味深いものがある。あまりこの辺りは詳しくないので、雑なイメージだが。
後半は、主人公が意中の女学生らと学園祭で上演する演劇の話が中心となる。しかし、せっかく意中の女性と体が接触するぐらい近づくことが出来たのに、ここでは恋愛に関する描写はほぼ無かった。何かあっても良さそうなものだが、当時の硬派な学生だとそんなものなのか。
そして学園祭後にようやく恋の話は動き出す。夏目漱石の小説のような展開があり、それに対する薬師丸ひろ子演じる女学生のとどめの一言はグッと来た。
主演の中村橋之助ほか、尾美としのりや柳葉敏郎など、今では初孫が出来たくらいの壮年の役を演じることが多い役者陣の若い頃が見られる作品だ。当然だが皆若く、軽やかな動きを見せているのがなんだか新鮮だった。そんな中で一人、役柄のせいもあるのだが、杉本哲太だけがそんなに変わってないように見えるのがちょっと面白い。
最後があっさりしすぎているような気もしたが、ノスタルジックな気分に浸れる映画だ。
スタッフ/キャスト
監督/脚本
脚本 朝間義隆
出演 中村橋之助/中村芝翫/柳葉敏郎/尾美としのり/杉本哲太/坂上忍/戸川純/石田えり/倍賞千恵子/武野功雄/北山雅康/米倉斉加年/笹野高史/加藤武
音楽 松村禎三
登場する作品
「理髪師チッターライン」 フリードリヒ・ヘッベル