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「見仏記 道草篇」 2019

見仏記 道草篇 (角川文庫)

★★★★☆

 

内容

 いとうせいこう・みうらじゅんの二人が東北・九州・長野、そして中国四川省の仏像を見てまわる紀行記。シリーズ8作目。

 

感想

 一作目は読んで、シリーズとなったそれ以降は全く読んでいなかったのだが、今作は中国の四川省に行った箇所が気になったので手に取ってみた。

 

 その四川省で仏像ではなく、ただパンダだけを見て過ごす一日があったりしたのは面白かったが、それに限らず二人の話は興味深かった。独特の視線で仏像をみつめ、ときおり面白い解釈が飛び出す。

 

 特にみうらじゅんの、深みのありそう意味深な言葉をボソッとつぶやいたかと思ったら、そのすぐ後に思いきり俗なことを言ったりする二面性が印象的だった。これは文章を担当するいとうせいこうの拾い方の上手さもあるとは思うが、神様がいるとしたらきっとこんな感じなのだろうなと思ったりした。

 

 文中には「怖い」という表現がよく見られる。確かに寺社などにはそう感じる場所がある。個人的にあれは、神仏がどうとかではなく、光の差し方や陰の具合、建造物や木々のサイズ、色など、複合的な条件が重なった時に感じる「怖さ」なのだと思う。きっとそんな怖さを感じる場所だから寺社が建てられたはずだ。

 

「そうなんだよ。何かが全部何かであるみたいな。見えてるものが本当じゃない、的な。」

p106

 

 そう考えると、これを細かく分析すれば、そのうち「怖さ」というものも数値化できるようになったりするのかもしれない。

 

 それからもうひとつ、人々の念が見えると怖さ、と言うよりも畏怖を感じるというのもある。子宝神社でご神体などを見てキャッキャしていたら、その片隅で一心不乱にいつまでも手を合わせる若い夫婦に気付いてシュンとしてしまうような。

 

 河原でたくさんの石積みの塔があるのを見た時が分かりやすいが、あれはその場所にやって来た人々の強い念が可視化されたものだ。あれを見ると、普段は誰にも見せない強い念を持った人たちが、世間にはこんなにもいるのかと気づいてしまって、恐ろしさを感じさせる。ガチの信仰の場でも、そのような信仰の強さを可視化するような何かが必ずあってどこか怖い。

 

 この本はまた、二人の絶妙な関係が垣間見られるのも面白い。仲は良いが互いにズカズカとは踏み込まず、常に適度な距離を保っている。互いに気を遣い、そして気を遣われていることにも気づいているが、それに対して何も言わず何でもないような顔をしている。

 

 

 まるで熟年夫婦のような関係だが、おそらく夫婦であれば互いに必要以上に踏み込んでしまい、押しつけがましいことも言ってしまいたくなるはずだ。彼らはきっと互いにリスペクトし合っているから、この絶妙さ加減を保てるのだろう。

 

そうやって楽しい雑談をしながら、人生をやり過ごすのだ。

p113

 

 同じ関心を持つ者同士が、予定があってもそれにこだわらず、目的が果たせなくてもさして気にせず、常に雑談しながらゆるゆると旅をするのはきっと楽しいはずだ。その楽しさが伝わってくるこの本もまた楽しかった。

 

著者

いとうせいこう

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見仏記 - Wikipedia

 

 

登場する作品

「絵解き 六道地獄絵」

見仏記 (角川文庫)

日本文化私観 (講談社学術文庫)

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関連する作品

前作 シリーズ7作目

 

 

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