★★★★☆
あらすじ
認知症の傾向が見え始めた男は、心配する娘をよそに誰の介護も必要ないと突っぱねる。
アカデミー賞主演男優賞。
感想
認知症の老人が主人公だ。彼と娘との親子の最後の時間を描くヒューマンドラマかと想像していたが、自身の病気に戸惑う主人公の姿を描く物語だった。突如人が入れ替わったり、同じような出来事が繰り返されたりと不可思議なシーンが続いて最初は戸惑ってしまったが、これは病気で現在と過去の記憶が入り混じって現れてしまう主人公の主観なのだということが徐々にわかってくる。
傍から見ればボケてしまった人でも、本人にとってみればこれが現実だ。自分の認識とは違う事実が次々と出てくるわけで、まるで悪いSFの世界に紛れ込んでしまったような気分だろう。決して目覚めることのない悪夢の中をさまよっているような怖さがあった。
それでも主人公は、現実の方がおかしいだけで自分自身はまともだと思い込んでいる。だから自分を子ども扱いしたり、気の毒な目で見てくる娘やヘルパーに対して腹を立ててしまうのだろう。今まで普通に出来ていたことが出来なくなったなんて、自尊心が傷つく。なかなか認めたくない現実だ。それに対する苛立ちや反発心が老人を怒りっぽくさせてしまうのだなと痛感した。
だがそんな日々を続ける中で、主人公は自身の言動が他人を困惑させ、イラつかせていることにも薄々感づくようになっている。時々ひどく弱気になり、少しずつ自信を失っていく。そんな複雑で移ろいやすい老人の姿を、アンソニー・ホプキンスが見事に演じている。特にラストの自分自身が誰だかわからくなってしまったシーンは、迫真すぎてゾッとしてしまった。そこからの一連のシーンも凄まじく、オスカーを取るのも納得の演技だった。
違和感を感じさせるストーリー展開自体も不条理で面白みがある。そして、自分もいつかはこうなる可能性があるのかと、色々と考えさせられる興味深い映画だった。途中で死ななければ誰もが老人になるのだから、それに備えるためにもこの映画であらかじめ追体験しておくのもいいかもしれない。そうすれば、まるで自分が歳を取るとは思っていないかのような想像力のなさで高齢者を叩く人間にはならないはずだ。
スタッフ/キャスト
監督/脚本 フローリアン・ゼレール
脚本 クリストファー・ハンプトン
原作 「Le Père 父」 フローリアン・ゼレール
出演
オリヴィア・コールマン/マーク・ゲイティス/イモージェン・プーツ/ルーファス・シーウェル/オリヴィア・ウィリアムズ
音楽 ルドヴィコ・エイナウディ