★★★★☆
あらすじ
終戦後の日本。戦地に行った夫の帰りを待つ女は、急病になった幼い息子の治療費に困り、一度だけ身を売ってしまう。
タイトルの読みは「かぜのなかのめんどり」。
感想
主人公は夫の帰りを持つ一児の母だ。そんな主人公が、金策のために着物を売りに行くところから映画は始まる。そこで交わされる女同士の会話には、暗い未来の予感が漂っていて、最初から重い気分になってしまった。彼女は不測の事態が起きればすぐに立ち行かなくなる綱渡りの日々を送っている。
悪い予感は、息子の急病によって現実のものとなる。身を売ってなんとか急場をしのいだ主人公だったが、ようやく帰ってきた夫にそのことを打ち明け、怒りを買ってしまった。
ここまでの展開はかなり速い。金に困った次の瞬間には身を売りに行っているし、夫が帰って来たその夜にはあっさりとそのことを白状してしまっている。せめて夫には隠しておけばいいのにと思ってしまったが、本人の中ですでに何度もシミュレーションをしていたのだろう。こうなった時には身を売る、それを隠しながら夫と暮らすことは出来ないから聞かれたら正直に答える、ともう覚悟を決めていたような気がする。
そんな妻からのつらい告白を聞いた途端に、夫が激怒したのには驚かされた。妻がそんなことをするなんて許せない、と条件反射的に思ってしまう気持ちは分からなくはないが、どう考えても仕方ないことだったと分かることだ。だがその後も夫の怒りが収まる気配はなく、その態度には反感を覚えてしまった。男だって戦地で妻に言えないようなことをしてきたかもしれないだろうと。
だがその後、妻が身を売った場所を確認しに行った夫が、そこで出会った同じような境遇の商売女に親身に接する様子を見て、第三者的な視点では彼も理解しているのだなと安心した。他人ごとだと冷静に考えられても、自分の事となると感情が暴走してしまうことはままある。頭では分かっていてもどうしても許せない。
夫の感情が爆発する階段のシーンは強烈だ。小津映画には珍しく、激しいアクションに背筋が凍りついた。しかも動かなくなった主人公に対し、心配はしても近くに駆け寄ることはなく、階段の上からただ見下ろすだけだったのは不可解だった。この一連のシーンにはずっと不自然なぎこちなさがある。ここまでやるべきなのか?という監督の迷いが表れているのかもしれない。
夫の尋常ではない怒りに戸惑いっぱなししだったが、改めて考えてみると、彼の怒りは妻に対するものではなく、もっと大きなものに向けられているのだろう。妻がそんなことをしなければいけない状況、夫が妻の苦境を知ることも出来ず、助けることも出来ない状況に追いやったものに対する腹立ちが見て取れる。タイトルで言えば牝鶏にではなく、その風を起こしたものに、風の中に放置したものに対する怒りだ。
序盤の主人公が友人の女性とかつての夢を語ったシーンでも、戦争さえなければそんな夢が叶っていたはずなのに、と暗に批判しているように感じられた。ラストシーンでの激しいメッセージは、夫婦のことだけではなく、敗戦後のこの国に対する誓いのようにも聞こえる。戦争に導いたものに対する怒りと、二度と同じ過ちはさせないぞという強い思いが伝わってきた。
公開された当時は、この映画に自身を重ねて胸を痛めたり、それどころか現在進行中でその最中にいた人たちもたくさんいたはずだ。そんな空気を敏感に察していたからなのか、小津作品には珍しく、熱い思いがほとばしる映画となっている。
スタッフ/キャスト
監督/脚本
出演 田中絹代/佐野周二/村田知英子/坂本武/三井弘次/谷よしの/青木放屁
撮影 厚田雄春