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「見るまえに跳べ」 1958

見るまえに跳べ (新潮文庫)

★★★★☆

 

あらすじ

 娼婦と同棲するも、関係を持った受験生が妊娠したことをきっかけに部屋を出ていった大学生の男を描く表題作他、全10篇を収録した短編集。

 

感想

 最初に収められた著者の処女作「奇妙な仕事」はインパクトがある。大学生の主人公が、病院の実験用に飼われていた150匹の犬の殺処分をアルバイトで手伝うストーリーだ。一匹ずつ連れてきては撲殺し、皮を剥いで処分していく描写は生々しい。犬殺しの専門家がいるというのもなかなかだ。

 

 そもそもこの殺処分は、犬を実験に使うなんて残酷だ、という抗議があったことがきっかけとなっている。可哀想だから実験に使うなと批判された病院が、じゃあ不要になるから処分します、と対処するのがすごい。皮肉に満ちている。とはいえ実際の話、ペットにしづらい野犬に近いような犬をどうすればいいのか分からないが。

 

 

 その他のいくつかの短編でも同様に、動物を生々しく殺す描写が出てくる。非日常的でグロテスクな様子にぎょっとしてしまうが、よく考えれば毎日のように肉を食べているなら本来は普通に見る光景だったはずだ。従順に殺されていく動物に自分を重ねたりしているが、それだけでなく、この時代はこういう光景が一般の人の目に触れないようになっていた時期だったのだろうなという気がする。

 

 そんな過渡期に、消え行く光景を見かけると鮮烈な印象を受けるものだ。かつては誰もが普通に口にしていたことでも、人々の意識が変わり世の中が変わりつつある現在耳にすると、とてつもない違和感を覚えてしまうのと同じだ。そのひっかかりが著者にあったから、何度も題材に使ったのかもしれない。

 

 表題作を含む後半の短編では、青年期の若者の不安や苦悩を描いたものが多くなる。ほとんど改行がないような文章になったりと文体に変化があったりして興味深かった。若くしてデビューした作家は、各年代の物語をリアルタイムに書くことが出来るので面白い。年齢を重ねてから若い頃を振り返って書く文章とは違う切羽詰まったようなリアルさが感じられる。

 

著者

大江健三郎

 

 

 

登場する作品

実践論,矛盾論 (岩波文庫 青 231-1)

 

 

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