★★★★☆
あらすじ
窃盗癖のため精神科に通う女性を起点に、その関係者たちの過去や未来のある一時期の様子が描かれていく。ピュリッツァー賞、全米批評家協会賞受賞作。原題は「A Visit from the Goon Squad」。
感想
窃盗癖のある女性の物語から始まり、その次は彼女の上司、その次はその上司の青春時代の友人と、各章で主人公が変わっていく。連作短編集のような小説だ。そして時代設定も各章で変わり、ある章では若き成功者だった人物が、ある章では孤独な老人として登場したりする。
最初は主人公がどんどんと最初の主人公とは遠い存在になっていき、最終的にはインドの山奥に住む村人みたいな全然関係のない人物が主人公を務めるようになるのかなと予想していたのだが、基本的には最初の主人公に近い人物が主人公となっている。ただ意外な人物が主人公になるので、各章の読み始めは、主人公はどの章に出てきた誰だろうか?と慎重に読み進めることになる。主人公だけでなく、その他の登場人物同士のつながりも見えてきたりして、読んでいて楽しかった。
また時々趣向を変えて雑誌記事風の章があったりするのも面白い。中でもパワーポイントのプレゼン方式になっている章は斬新だった。しかもプレゼンでよく見かけそうな一連のスライドを眺めていくだけで、一つの物語がちゃんと浮かび上がってくるのがすごい。親子が和解して一緒に作業したのだろうな、と思わせる締めくくり方がうまかった。
アレックスは目を閉じ、耳を澄ませた。店先のシャッターが下ろされる音。吠える犬のかすれ声。橋を渡るトラックの低い響き。耳のなかの、びろうどのような夜。そしてささめく小さな音、いつも聞こえている、あの音。それは何かの残響ではなくて、時間のすぎてゆく音だったのかもしれない。
単行本 p430
色んな人物の人生のあるひとときの出来事を読んでいるうちに、感じるようになるのは時の流れだ。現在は常に過去になり続け、誰もそこにとどまることは出来ない。やんちゃな若者もやがて親になり、そして老いていく。いつもと変わりのない毎日を過ごしているつもりなのに、いつのまにか変わってしまっているのは、よく考えるととても不思議だ。振り返れば、人生がいくつかの時代で区切られている。
そしてかつての同僚や知り合いなど、自分の中では「過去」の人となっている人物だって、きっとどこかで「現在」の人として生きている。なんだか人生の織りなす綾について、しみじみと考えてしまう。
著者
ジェニファー・イーガン
登場する作品
失われた時を求めて 1~第一篇「スワン家のほうへI」~ (光文社古典新訳文庫)