★★★☆☆
あらすじ
芥川賞受賞作で映画化もされた「花腐(はなくた)し」を含む著者の初期作品6編を収めた作品集。
タイトル「幽」の読みは「かすか」。
感想
収録された六編の中のひとつ「幽」は、体を壊して会社を辞めた中年男が、元同僚に借りた一軒家で暮らす様子を描いた作品だ。
まずこの家が変な家で、、時間と共に間取りが変化する。行き止まりだったはずなのにさらに奥に部屋が現れたり、階段の場所が毎回違い、時には消えてしまったりもする。だが主人公は怖がったり驚いたりすることはなく、奇妙だけど別に困らないからいいかと平然と暮らしている。
主人公は、あちこちを散歩したり、別れた妻や死んだ子どものことを考えたり、たまたま知り合った隣の若い女と酒を飲んだりしながら日々を過ごしている。その間にも次々と不思議なことは起きているのだが、主人公はやはり同様に意に介さない。すべてを受け入れて、その中で行動する。
様々なしんどい経験をしてきた主人公なので、もうどうにでもなれという心境からそんな対処をしているのかと思ったが、そうではない。月を愛でたり、新しいスーツを仕立てるような、日々を楽しもうとする気持ちは残っている。人生にどんなことでも起こり得ることは分かったが、何があってもとりあえずは生きてみようと考えているのだろう。そんな気持ちが強く表れるラストには心強さを覚えた。
他の収録作も虚実が混ざり合ったようなものが多い。幽霊や妖精が出てくる話は嘘くさくて苦手だが、これらの話はスッと受け入れられた。登場人物たちが不思議な現象に騒ぎ立てるのではなく、ただそのまま受け入れる姿勢になぜか共感してしまう。
最近はエセ宗教にハマろうが、ネットで真実や愛国に目覚めようが、認知症だろうが、その人が見ている世界は、それはそれでその人にとってリアルなのだと思えるようになってきた。嘘も本当も、過去も未来も、夢もうつつも同時に混在する世界に我々は住んでいる。そんな気分になれる奥深い作品集だ。
著者
松浦寿輝
収録作品
無縁/ふるえる水滴の奏でるカデンツァ/シャンチーの宵/幽 かすか/ひたひたと/花腐し
関連する作品
「花腐し」
映画化作品

