★★★☆☆
あらすじ
雪山の山荘で男が不可解な転落で死亡し、その妻が殺人容疑で逮捕されてしまう。
カンヌ国際映画祭パルム・ドール受賞。アカデミー賞脚本賞。フランス映画。152分。
感想
夫が不審死を遂げ、殺人の容疑者となったドイツ人女流作家が主人公だ。彼女の裁判を中心として描かれていく。
まずはフランスの裁判が興味深い。決められた人が決められた人と質疑応答するのではなく、わりと皆が自由に発言している。弁護士だけでなく後ろから主人公も口出ししたりして、まるで議論をしているかのようだった。実際の裁判と同じなのかは分からないが、映画などで日本やアメリカの裁判ばかりを見てきた身にとってはなかなか新鮮な光景だった。
状況的に事故とも殺人とも自殺とも言える事件で、裁判は、検察側・被告側共に決め手を欠く展開となる。最後は真相が明らかになるのだろうと思っていたら、裁判結果は示されるが、結局真相は分からないままに終わってしまった。これで終わるのかと面食らってしまったが、それまで散々様々な可能性について言及していたので、最後に正解を見せてしまうと、それが何であれ、途端に陳腐なものになってしまうような気もする。だからこれで良かったのだろう。
裁判を振り返ってみると、誰も真実など追求しておらず、それぞれが思い描いたストーリーを主張し合っていただけのような印象がある。検事が主人公の小説を読み上げて自説を補強しようとしていたシーンは酷かったが、関係者だけでなくそれを見守る大衆も含めて、それぞれが勝手に腑に落ちるストーリーを作り上げて納得しようとしている。
主人公や証人となった息子が証言を変えたのも、より自分が思い描いたストーリーに沿ったものにしようとしたからだろう。お手本に合わせてピアノを弾くようなものだ。そこに自分の気に入ったアレンジを加えることもある。
このように人々は勝手にストーリーを拵えて、心の平穏を保って生きているのだろう。これはSNSを見ていると実感することでもる。夫はドイツ人の妻が頑なにフランス語を話そうとしないことに身勝手さを感じていたのに、妻は夫の故郷であるフランスにわざわざ移住したことで献身的に尽くしているつもりだった。そんな夫婦の気持ちのズレが明らかになった喧嘩のシーンは象徴的だ。
それぞれがそれぞれのストーリーを抱えているおかげで、至るところで噛み合わない事態が発生していることを露わにする物語だ。主人公の女流作家らしい太々しさが良い。やったのかやってないのか、どっちなのかが全く読み取れない。最後に飼っていた犬が寄り添ったことからも殺しておらず、ただの事故だったように思える。だがもしかしたら、この犬も主人公と息子が決めたストーリーに乗った、と意思表示をしたのかもしれない。そういうことにして彼ら一家はこれからを生きていく。
スタッフ/キャスト
監督/脚本 ジュスティーヌ・トリエ
出演 ザンドラ・ヒュラー/スワン・アルロー/ミロ・マシャド・グラネール/アントワーヌ・レナルツ/サミュエル・タイス/ジェニー・ベス/サーディア・ベンタイブ/カミーユ・ラザフォード/アン・ロトジェ/ソフィ・フィリエール