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個人的な映画・本・音楽についての鑑賞記録・感想文です。

「にぎやかな街で」 1968

★★★★☆

 

あらすじ

 終戦間際に知り合った男から罪の告白を聞かされ続ける肉屋の男を描いた表題作他、全3篇を収めた作品集。

 

感想

 表題作は、今は肉屋の在日朝鮮人(明言はされないが)の男が主人公だ。終戦直前に知り合った男との20年に渡る奇妙な関係を描いている。主人公は男から原爆投下の前日に妻を殺したことを告白され、その懺悔を戦後も繰り返し聞かされ続けている。

 

 男は自分の犯した罪が原爆で帳消しにされたことが納得できずにいるのだが、そこにはそんな心の葛藤を楽しんでいるフシも見える。泣き言を言うのは気持ちがいいし、慰めてもらうのも気持ちがいいものだ。

 

 

 彼が抱えているものは、誰かに何かを言ってもらえたら終わる類いのものではない。一生背負い続けるしかない問題だ。だから本当はどんなに苦しみを訴えても仕方がないところがある。

 

 主人公は友人として、彼の心が休まるような言葉をかけ続けるのだが、心のどこかでは自分が朝鮮人だから彼はこんな告白をしてくるのではないかと疑ったりもしている。終戦で立場ががらりと変わった主人公と、原爆で状況ががらりと変わった男はどこか似ているところがある。

 

この国からの命令はすべてなるべく遅れて受けて、しかもなるべく従わないようにする。それがわたしの習性になっていた。

p8

 

 日本人ではない主人公の、どこか冷静な視線が印象的な物語だ。何かと騒々しく、賑やかに騒ぎ立てる人たちには、彼のように静かに見守ってくれる人が必要なのだろう。何も言わなくても、ただそこにいてくれるだけで安心することはある。宗教的なものも感じる作品だ。

Stand By Me

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 その他の作品も戦争に関するもので、前作「笹まくら」同様に徴兵忌避者を描いたものもある。この時代、この世代の人にとって戦争の記憶はまだ生々しいもので、語らずにはいられないものだったのだろう。今なら東日本大震災だったり、コロナ禍の話が今後しばらくは語られ続けるようなものだろうか。

 

 それから内容とは関係ないが、昭和43年発行のこの単行本の著者略歴には、著者の住所がマンション名までがっつり記載されていて、昭和すごいなと思ってしまった。思わずGoogleストリートビューで検索してしまった(当然、既にそのマンションはなかったが)。

 

 とはいえ、それでも当時は、現代にSNSのアカウントを持つよりもプライバシーは守れていたのだろう。この牧歌的なユルさは、それはそれでのんびりとした良い時代だったのかもしれない。

 

著者

丸谷才一

 

収録作品

にぎやかな街で/贈り物/秘密

 

 

 

登場する作品

「秘密」

大菩薩峠(全巻) 改版

万葉集セット(全5冊)

「歩兵全書」

日本水土考/水土解弁/増補華夷通商考 (岩波文庫)

伝光録 岩波文庫 螢山, 横関 了胤

「中臣祓講義」

 

 

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