★★★★☆
内容
文筆家、トレーダー、大学教授、研究者の顔をもつ著者による不確実な世界をどう生きるかについての指針が紹介される。
感想
タイトルからはとにかく金を使え、と言われているような気がしてしまうが、もっと広い意味でリスクを取って本当の人生を生きよう、というようなことが主張されている。確かに最近は責任を取らない人が多い。あれこれ口出しして成功すれば自分の手柄、失敗すれば予期せぬことが起きた、仕方がないと逃げる。当事者ではないリスクを取らない連中が跋扈することで世の中が悪化していく。
そしてリスクを取らずに横やりを入れる代表として行動経済学者らが批判されている。そもそも彼らの提唱する理論は間違ったデータの見方に基づいているとの反論には本当かなと思ってしまうが、著者の経歴から考えるとその通りなのだろう。批判した当人たちからのまともな反論もないようだ。
そんな中でリスクの合理性についての考え方の話が面白かった。リスクが1%しかない行動を恐れるのは不合理とされるが、そのリスクが致命的なものであればそれは不合理とは言えない。例えば1回目で死んでしまってもあと99回は大丈夫だから問題ないよね、とは誰も思わないだろう。一見不合理に見えても合理的なことはある。
だからこそ、私は国家に行動を”指図”されるのには反対なのだ。”間違った”行動が本当に間違っているかどうかを知っているのは、進化だけだ。もちろん、自然選択が働くよう、私たちが身銭を切っているという条件つきの話だが。
p376
それらを正しくジャッジできるのは「時間」で、長い時を経た後も生き残っているものは合理的であったこと示している。つまり限定された空間で行われた実験から得られる身銭を切らない理論よりも、身銭を切った実生活の中で生き残ってきたおばあちゃんの知恵の方が合理的で役に立つかもしれない。
身銭を切るという観点からトランプ元大統領がなぜ支持を得ていたかも解説されている。彼は何度か会社を破産させているがそれこそが身銭を切っている証拠で、歯に衣着せぬ物言いはこれまで誰にも忖度する必要のない人生を歩んでいたことを匂わすシグナルだ。これらによってある人たちには彼が「本物」に見えた。なるほどなと腑に落ちる。身銭を切らない偽物はその場に相応しい恰好で本物らしく振る舞おうとするが、本物はそんなことをする必要がないから無頓着だ。日本でもそうすることで「本物」アピールする人はたまに見かける。
この他にも、戦争だって安全な場所から命令を出す者よりも、皆の先頭に立って戦うリーダーの方が信頼できるだろう、などと確かにその通りなのだがそれを現実の世界にどう当てはめていけばいいのだろうと悩んでしまうような刺激的な内容で溢れている。「本物」の著者らしく過激な言葉が用いられているので、身銭を切らないいっちょかみの偽物たちに悪用されてしまうのではないかと心配にもなってしまう。
著者のルーツである中東の宗教などの細かい話は難解だったが、それ以外は想像していたよりも読みやすく、興味深い話の連続で知的興奮が味わえる内容だった。
著者
ナシム・ニコラス・タレブ
登場する作品
反脆弱性―不確実な世界を生き延びる唯一の考え方 上下巻セット
タルムード「ババ・カマ」
「ユスティニアヌス法典」
「アラブのことわざ(Proverbiorum Arabicorum)」 スカリジェ
「テュエステス」 「セネカ悲劇集〈2〉 (西洋古典叢書)」所収
ケインズとケンブリッジに対抗して (ハイエク全集 第II期)