★★★★☆
あらすじ
東西冷戦下のアメリカで、ソ連のスパイとして捕らえられた男の弁護をすることになった弁護士。
感想
オープニングは、大して男前でもない普通の中年男がじっと鏡を見つめるシーンから始まる。何やってんだ?と一瞬思わせておいて、種明かしがされる。もうこの冒頭だけで、映画の世界に引き込まれてしまう。上手い掴みだ。
この中年男を演じるマーク・ライアンスが素晴らしい。スパイというスリリングな役柄を演じながらも、終始抑えた演技で通しているのだが、その姿にどこか人生を達観した姿が見て取れる。死刑になるかもしれないという境遇に身を置きながらも「不安を感じたりしないのか?」と尋ねる主人公に対して、「そうすると何か良いことが起きるのか?」と逆に尋ね返す姿に凄みを感じてしまう。
冷戦下のアメリカを恐怖に陥れている張本人として、アメリカ国民の憎悪を一心に集めるスパイ。そのスパイの弁護をする弁護士にも同様に憎悪が向けられる。ソビエトに対する悪感情が高まっている世の中では、被告にも人権があって…、という大義名分も吹っ飛んでしまっている。判事ですらも世間の空気に流され、形だけの裁判を早く集結させようとしてしまっている。
日本のオウム裁判の時を思い出させるが、どこでも起きうることなのだということが良く分かる。こういう時に必要なのは、いい意味で空気を読めない人間。日本だとだいたい皆うまく空気を読んでしまうし、せいぜい空気を読まない人ではなく頓珍漢な目立ちたがり屋が出てくるぐらいだが、トム・ハンクス演じる主人公は、頑固に弁護士としての仕事を果たそうとする。
この裁判を中心に物語が進行していくのかと思いきや、その後はこのソ連人スパイと、ソ連で捕まったアメリカ人兵士との交換の交渉がメインになっていく。相手方から接触があったとはいえ、民間人である主人公に交渉を任すとはすごい。国同士の公式なやり取りにしたくないという意図もあったにせよ。
交渉のため主人公たちが乗り込んだ東ドイツは、まさにベルリンの壁が完成しそうな時で、ドイツが物理的に分断され始め、人々がその境目で右往左往する姿が描かれている。映画の中ではその後が特に描かれるわけではないが、この人々がこの時期にどう行動したかで、その後の人生が大きく変わっただろうことを思うと、胸を締め付けられるような想いになってしまう。
派手なアクションはないが、妥協をしない主人公がタフな交渉を繰り広げるスリリングな展開に、思わず見入ってしまう。CIAすらも呆れてしまう主人公のあきらめない姿に心を打たれる。
裁判を通して絆のようなものが生まれた主人公とソ連人のスパイ。引き渡しの際に、スパイが橋の上で教えてくれた、自らの今後がどうなるかについての判断の目安となるソ連側の反応を、祈るように見つめてしまった。無事に事件は解決したが、ハッピーエンドと言って良いのか、なんとも言えないどんよりとした気分になる。
スタッフ/キャスト
監督/製作
脚本 マット・チャーマン/イーサン・コーエン/ジョエル・コーエン
出演 トム・ハンクス/マーク・ライランス/エイミー・ライアン/アラン・アルダ/セバスチャン・コッホ/オースティン・ストウェル/ジェシー・プレモンス/デイキン・マシューズ/マイケル・ガストン/ドメニク・ランバルドッツィ/ビリー・マグヌッセン/イヴ・ヒューソン/ノア・シュナップ/ミハイル・ゴアヴォイ/ブルクハルト・クラウスナー/メラーブ・ニニッゼ
音楽 トーマス・ニューマン