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「茜色に焼かれる」 2021

茜色に焼かれる

★★★☆☆

 

あらすじ

 夫が事故死して中学生の息子と二人で暮らす女は、コロナ禍により生活が悪化し、花屋と風俗店で仕事を始める。

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感想

 コロナ禍を生きるシングルマザーが主人公だ。夫を事故死させた加害者側には冷たい態度を取られ、コロナ禍で働きだした花屋では得意先の娘をバイトで入れるために追い出されそうになり、風俗店では客から暴言を吐かれ、と酷い仕打ちばかりを受けている。

 

 最近の社会の冷たさがよく表れているが、皆が一様に、会社のためだから、ルールだから、金を払っているのだから、と何かを言い訳にしているのが印象的だ。人間らしいやり取りを拒否しているようにも見え、もはや他人を思いやれないほど人々は苦しい状況の中にいるということなのかもしれない。

 

 

 そして中学生ですら、税金で家賃が安くなっている公営団地に住んでいるのはズルいからと、同級生をいじめている。誰もが苦しい世の中で、誰かが得をしていないか、自分だけが損をしていないか、と疑心暗鬼になっている。子供たちにまでそんな感覚が浸透して敏感になってしまっている。息苦しい世の中だ。

 

 そんな追い詰められた状況の中でも自暴自棄になることなく、言うべきことは言いつつ、流すところは流して周囲と折り合いよくやっている主人公の姿には感心する。だがそれが出来なければ、シングルマザーは生きていけないということなのだろう。当然それで平気なわけはなく、様々な感情を溜め込んでいる。感情が一気に溢れ出そうになるのを必死に抑えながら、主人公がなんとか冷静に同僚と話そうするシーンには胸を打たれた。彼女が普段どれだけ必死に感情を抑え込んでいたのかがよく分かる。演じる尾野真千子が迫真の演技だ。

 

 ひとりで奮闘する母親を気にかけつつ、頼もしく成長する思春期の息子の姿も良かった。母親の同僚の女性に恋をして苦い経験をしたり、いじめと対峙したりしながらたくましくなっていく。ところでこの息子に対するいじめは、嫌がらせをしてくる相手を突っぱねている形であまりいじめぽくなかったが、最近のいじめはこんな感じなのだろうか。いじめというよりは面白がってストーキングしているようで、彼らがとにかく暇を持て余しているのだけはよく分かる。暇の過ごし方を知らない人間はろくなことをしない。

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 積み重なった我慢が限界を超え、クライマックスでついに主人公の怒りが爆発する。とんでもない悲劇に発展してもおかしくないところを、息子がいい働きで阻止した。主人公の仕事仲間にまで怒りをぶつけられた相手は不運としか言いようがないが、彼女たちだって不運で理不尽な仕打ちを受けてきたわけなのでおあいこだろう。

 

 そして冷たい人間だと思っていた永瀬正敏演じる風俗店店長が、このあたりからぐんぐんと株を上げていく。虫けらを容赦なく殺すような男だが、仲間を助け、預かった金は横取りせずにちゃんと渡す善なる部分も持っている。きっとこれは誰にだって当てはまることで、冷淡で世知辛い世の中でもそこに希望を見いだすことが出来るのかもしれない。

 

 シングルマザーの辛い状況が淡々と映し出されて、見ていて苦しくなるような映画だ。それでも彼女が生きていくのは死んだ夫とその息子への愛があるからだと分かるのだが、シングルマザーがこうも簡単に困難な状況に陥ってしまう社会でいいのか?と思ってしまった。きっと現実社会でも、主人公らのように人々の目の届きにくいところに追いやられ、それでも懸命に生きている女性たちがたくさんいるのだろうなと想像してしまう。

 

スタッフ/キャスト

監督/脚本/編集 石井裕也

 

出演 尾野真千子/和田庵/片山友希/オダギリジョー/永瀬正敏/芹澤興人/前田勝/コージ・トクダ/前田亜季/鶴見辰吾/嶋田久作

 

茜色に焼かれる

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茜色に焼かれる - Wikipedia

 

 

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