★★★★☆
内容
「ほめちぎる教習所」としてリニューアルして話題となった自動車学校の取り組みと、そこで実践されている「ほめ方」について紹介する。
感想
教習所にあまりいい思い出がない自分にとっては「ほめちぎる教習所」なんて羨ましい限りで、教えられる方が楽しく学べて正しい技術を身に着けられるのは容易に想像がつくのだが、教える側にも良い効果があるというのは意外な驚きだった。指導員のモチベーションや満足度が上がり、所内の雰囲気も良くなったそうだ。「ほめる」というのは相手の良いところを見つけようとする行為であり、つまりはポジティブな気持ちで相手を観察しなければいけないわけで、その習慣が定着すると相手だけでなく何事にも前向きな気持ちでとらえようとするようになるという事なのかもしれない。読む前は、褒める方は大変だろうなと想像していたが、そんな事はなく互いに良い効果しか生まれないのなら、やらない手はないなと思わさせられた。
本書ではどのように普通の教習所が「ほめちぎる教習所」へと変わっていったのかが段階的に紹介されていて、とても興味深い。ただ、褒める事も褒められる事にも慣れていない我々日本人が変わるのはなかなか大変そうだ。まずは取っ掛かりとして、社員同士が互いに褒め合うワークショップをしたそうだが、想像するだけでも小っ恥ずかしい気持ちになってしまう。多分これが最初にして最大の難関のような気がする。でもいざやってみると案外皆ノリノリになったという話は面白かった。
旧来のやり方、「叱る」教え方は「基準に満ちていない部分を指摘する」、いわば上から目線のものでした。
一方、「ほめる」教え方は「今どれくらいの基準に届いているかを知らせる」ものです。
これには上からも下からもなく、同じ高さの目線から、「相手のできていることや、そこまでの努力を認める」もの。
p70
そして、なぜ「叱る」のではなく「ほめること」がコーチングとして適切なのかも説明される。ここではちゃんと科学的な知見を取り込まれていることが分かって安心する。経験だけに頼ると成功バイアスに囚われて、変な宗教じみてくることだってあり得そうだ。読んでいるとその内容にいちいち頷かされるが、確かに叱る時は相手が自分の思い通りに動かないことに対するイライラをぶつけているだけのような気がしてくる。それで自分の気持ちは少し落ち着くかもしれないが、相手は落ち込むだけで何も得るものはない。そしてなぜ相手が思い通りに動かないかと言えば、教え方が下手くそで相手に上手く伝わらないからに他ならない。考えてみれば、叱りながら的確な指導をしている人なんて見た事がないわけで。だから、叱っている人がいたらその叱っている人が悪いのだろう、叱られている人は気の毒だなと思った方が良さそうだ。
本書ではさらに具体的なほめ方も多数紹介されており、これもすぐにでも使ってみようと思うようなものが多かった。ただその中で、相手の性格によってほめ方を変えた方が良いという事で紹介された3つのタイプ「いい人タイプ」「しっかり者タイプ」「天才タイプ」という分類は、挙げられている特徴の一つ一つは理解できるのだが、トータルとして見るとそんな人いるかなという感じになってしまって不思議だった。それぞれのタイプで思い浮かぶ周囲の人が一人もおらず、自分ですらどのタイプなのかよく分からない。普段はそうじゃなくても、教習所などの教えられる立場になるといった特殊な状況では、人はそのどれかの振る舞いをするようになるという事なのだろうか。もしくは褒めちぎられる状況では、という事なのかもしれない。それならそんな状況に遭遇したことがないので、思い当たる節がなくて当然だ。
この教習所の方針は注目を集め、他の教習所だけでなく企業などでも導入する事例が増えているそうだ。日本が互いに褒めちぎり合う社会になったら嬉しいが、そうなった時、今まで出会ったことのないようなタイプの人間に出くわすようになるのだとしたらSFみたいで面白い。というか褒めちぎる社会自体がSFか。
著者
加藤光一
監修 坪田信孝
登場する作品