★★★☆☆
内容
開高健の厳選したエッセイを集めた作品集。
感想
開高健については、小説を一冊読んだことがあるくらいで、あとはなんとなくのイメージで知っている程度だった。ベトナム戦争や釣りのルポをしていたことは知っていたので、活動的で体育会系寄りな人なのかと思っていたが、文章はきっちりと文学的で、文学に関するエッセイは難解ですらあり、どちらも出来る人だったのだなとイメージが変わった。
とはいえ、芥川賞を取ったりしているわけなので、当たり前といえば当たり前なのだが。大江健三郎と共に招待されてソ連に行ったエピソードなどは興味深かった。
そんな中で印象的だったのは、各地の戦争を見てきて至った心境を語る場面だ。
戦争というものは当事者と非当事者とではどう埋めようにもないギャップがあるのだということを私は経験をかさねるごとに痛感させられるものですから、ことにしゃべりたくないのです。これは自分の経験と見聞を誇るというよりは、むしろ、知れば知るだけだまりたくなるということです。以前の私は見聞によって人につたえたい一心だったのですが、近頃では自分の見聞もミルクの皮にすぎないことが気になってしょうがないので、口を開こうとすると、うつろになってしまいます。
p326
戦争体験者の話を読んだり聞いたりしていると、空襲で逃げ惑う非日常は案外楽しかったとか、特攻隊員が死にたくないと泣きじゃくっていたとか、え、そうなの?と思ってしまうような予想外のことを言われて戸惑うことがある。だが冷静に考えてみれば、体験者たちそれぞれで状況は違い、そこでどう行動してどう思うかなんて千差万別なのだから当たり前だ。
それなのに自分は、戦争とはこういうものだったはずだ、と大雑把にひとくくりにしてしまっていたのだなと痛感する。戦争を美化したい人たちが、戦死者は賛美するのに生き残った戦争体験者を煙たがるのは、自分の夢想する戦争観を「そんなことなかったですよ」とあっさり否定されたりするからだろう。戦争なんて分かりやすく一言で語れるものではない。
そして引用の後半部分は、素人ほど上から目線で浅はかな知識をひけらかそうとする現在のSNSの痛々しさを言い表してもいるように思える。そして本物の専門家は黙り込み、無責任なことを言う恥知らずばかりが跋扈する場になっている。
この他、故郷の話や青春時代の話、食に関する話題などがあり、著者の人となりが分かる内容になっている。あまり興味のない釣りの話も楽しめた。著者の小説も色々読んでみたくなった。
著者
開高健
編 小玉武