★★★★☆
内容
30年間酒を飲み続けてきた著者がなぜ酒を止めたのか、そして酒を止めた事で起きた変化について綴っていく。
感想
断酒の話。しかし冷静に考えると、飲酒することによって多くの人が体を壊したり、事件・事故を引き起こしたり、そこまでいかなくても他人に迷惑をかけたりしているわけで、そんなものが何の制限もなく世の中で普通に行われているのは不思議な気がする。酒で医者から健康上の注意をされたり人に迷惑をかけたりしている人が、それと大差がない煙草や大麻をけしからんと怒ったりしているのも滑稽な事に思えてくる。大昔からある文化だし、社交の道具として機能するというメリットもあるのだろうが、そのうち煙草のように社会から消えていくような可能性もあるのかもしれない。
著者は病気でも健康のためでもなく、そして酒席で失態を犯したからでもなく、ある日を境に酒を飲むことを止めてしまった元大酒飲み。明確な理由はなくふとした思い付きだったようだが、どうして酒を止めたのか、どのように止めたのかについて深く洞察し言葉を尽くして説明していく。「言葉では言い表せない」という言葉があるが、それらをすべて言語化してみようと試みているかのようだ。何一つ漏らすことなく理路整然とそれらを伝えようとする執念が感じられる。
そしてそれらを語っているうちにいつの間にか人生論や哲学のような話になっていき、最終的には幸福論のようなものが展開されるようになるのが面白い。人が酒を飲むのは自分が不幸だと思っており、少しでも幸せを得ようとするからだ。不幸とは思っていないにしても、喜怒哀楽、様々な感情に理由をつけては、ちょっとくらい楽しい気分になってもいいはずだと酒を飲む。つまり自分には幸せになる権利があるはずだと思っている。だがそんな権利を本当に誰もが持っているのだろうか?と著者は問いかける。逆にそう思っているからこそ、何かにつけて不当な扱いを受けたと憤り、不幸を感じてしまっているのではないかと。
飲むために働いている、みたいになっていないか。飲む以外のことの価値が君の中でとても低くなっている。それこそが苦しみなんだけどな。まあいいや、好きにしろや。世の中の美しい景色や悲しく切なくだからこそ愛おしい人の情をどうでもよいこととして雑居ビルの一室で脳を痺れさせていろ
p46
酒を止める止めないに関わらず、一つの生きる姿勢として興味深く、考えさせれられる本だ。いつもよりは少し生真面目な印象を受けるが、笑いを交えつつ展開される文章で、断酒はちょっと極端な気がするが、あまり飲まないようにしようかなとは思えてきた。本気で断酒を考えている人なら本当に断酒も出来そうだ。そしてもし断酒に成功したとしても、それをアピールしたりマウントを取ったりと、お酒を飲む人たちにとやかく言うようなことはよした方がいいよと、最後に控えめに忠告しているのも好感が持てた。
著者
登場する作品
折口信夫全集 第12巻 国文学篇 6 (中公文庫 S 4-12)
「酒を讃むる歌」 大伴旅人