★★★★☆
内容
鎌倉時代の説話集「宇治拾遺物語」を町田康が新訳する。
感想
まず、当時話題にもなったが、自由を感じる町田康の訳が楽しい。古典は言葉を噛みくだいて理解するのに必死で、内容にピンと来ないことが多いが、この訳文はスッと頭に入ってくる。「リーダー」とか「ロックスター」とか当時はなかった言葉が使われているのも面白い。きっと現代の感覚だったらこんな文章になるのだろうなと納得してしまう。
収録されている話は男女の話に噂話、馬鹿話に不思議な話など、今でも居酒屋に行けば聞こえてきそうな話ばかりだ。昔の人も我々と何も変わらないのだなと妙に親近感が沸いてしまう。
中でも坊さんに関する話題が多いのが印象的だ。当時の人にとっては身近な有名人なので話のネタにしやすかったのだろう。また、身近な権威でもあるので、偉い人にも残念な部分があることを知って安心したいとか、立派な人の本性を暴いてやりたいとか、庶民らしい心理が働いているのかもしれない。
こぶとり爺さんやわらしべ長者など今でもなじみ深い話もある中で、個人的には「偽装入水を企てた僧侶のこと」が好きだった。嘘を誤魔化すために色々と取り繕う様子が人間臭くて味わい深い。いつの時代も威勢のいいのは口だけで、行動が伴わない人がいるのだなとしみじみとしてしまった。
今はネットが普及したせいで、こういうあやふやな話で楽しめなくなっているのは寂しい。ネットでそんな話をすれば、やれソースを出せ、やれフェイクだのと賢しらに言ってくる無粋な輩がたくさん現れる。あまりにオープンな場所だと真面目にならざるを得ず、面白がる余地がなくなってしまうのだろう。となると今も昔も変わらず、面白い話が生まれるのは親しい人たちが集う密室の中、ということになるのかもしれない。
それとは別に、今はネットミームと呼ばれるものもある。周期的に話題に上がって繰り返される話なんかもあるので、それらをこの本のようにどこか一ヶ所にまとめておくのもいいのかもしれない。その話題はあれの12番目に載ってるやつだよね、と皆が参照できるようになる。これもまた無粋かもしれないが、得意げに語っている人を何回も見るのはしんどい。
巻末の解説でも言われていたが、一部だけではなく全訳を読みたくなる本だ。そしてこれを読んだ後だと、敬遠していた他の古典も楽しめるような気がしてくる。
訳
関連する作品
「絵仏師の良秀は自分の家が焼けるのを見て爆笑した(絵仏師良秀)」
アレンジして書かれた作品
この作品が登場する作品