★★★★☆
内容
極秘の存在だったスパイ養成機関「陸軍中野学校」の出身者たちが、敗戦の前後にどのような活動をしていたのか、関係者から聞き取った証言を元に明らかにしていく。
1971~74年に刊行された「陸軍中野学校」全六巻のうち、三巻から六巻を精選再編集したもの。
感想
敗戦の前後の陸軍中野学校出身者たちの動向が紹介されていく。ヒトラーを日本に亡命させようとした計画や、米国に天皇家を滅ぼされないよう皇室の一人を匿おうとした作戦など、それこそスパイ映画みたいな話もあって面白い。
そして、彼らが敗戦の噂を聞いてもそこまで落胆していない様子だったのは印象的だ。一般の軍人よりも詳細な情報を得ていたので薄々分かっていたのだろう。それに敗戦時の抗戦方法も学んでいたので、むしろこれからが本番、という思いもあったのかもしれない。あらゆる事態を想定しておくことは大切だ。帰国せずにそのまま現地に残り、居着いてしまった人も多かったようだ。
「なにもかも杜撰」吉村知事「万博の赤字 “負担先” 決まってない」発言で唖然呆然…玉川徹も「いちいち甘い」と大批判(SmartFLASH) - Yahoo!ニュース
そんな現地に残留した一人で、敗戦後も29年、フィリピンのルバング島に潜伏してた小野田寛郎の話は興味深かった。彼が日本に戻ってくる前の、まだ島に潜伏中だった時に書かれたものだ。武装を解いて帰国することを呼び掛けても敵の偽装工作だと疑われ、敗戦も信じてもらえず、どうすることも出来ない。なかなか困った状況だ。
今でいうと、犬笛に反応した人が予想以上に暴走して制御が効かなくなってしまい、笛を吹いた張本人が困惑している、みたいなものだろうか。
これを見たとたんに、私は(この捜索は、ルバングの密林で行われているのではなく、東京の厚生省事務室の机の上で行われているのだな)とさとった。
p514
そして、彼を帰国させるための政府の取組みの駄目さ加減に、著者が思わずこぼしてしまう言葉は、まるで何かの映画のセリフのようで可笑しかった。
彼らの体験談に、一般の軍人の体験談よりも悲壮感や国家に対する憤りを感じることが少ないのは、何があっても死ぬな、と彼らが教えられていたからかもしれない。死なないためには自分の命を大事にしなければならず、自分の命を大事にするためには精神論だけの無意味な行動は避けるだろうし、そんな命令にも異議を唱えるだろう。もうそれだけで、くだらない理由で無駄死にする可能性をかなり減らせる。
スパイは敵に憎まれる存在なので、相手国に自分の身分がいつバレるかと冷や冷やしていた話や、立場が逆転したのにいつまでも無邪気についてくる地元民の兵士たちに、いつ寝首を掻かれるのかと内心ビクビクしていた話など、戦争で負けた後の彼らが置かれた境遇には背筋が寒くなるものがあった。ほんの些細な出来事で自分の生死が決まってしまうのは恐ろしい。やっぱり戦争なんかするものではないなと、結局当たり前の結論にたどり着く。
今となっては貴重な当事者たちのリアルな体験談が読める興味深い本だ。
著者
畠山清行
関連する作品
「陸軍中野学校」全六巻のうち、一、二巻を精選再編集したもの