★★★☆☆
あらすじ
妾に産ませた三人の子供を引き取ることになり、冷たい妻の視線と苦しい生活の中で次第に子供たちを疎ましく感じるようになった男。
感想
順調だった商売が傾き、生活費を渡せなくなった愛人に愛想をつかされて、産ませた三人の子供を置き去りにされてしまった緒形拳演じる主人公。それを知らなかった妻には厳しくなじられ、針の筵状態だ。身から出た錆とは言え、見ているだけで心が苦しくなる。
それでも子どものいない妻が母性というやつで、結局愛情をもって育てていくのかと思ったのだがそんな事はなく、愛人が産んだ三人の子供たちに冷たく当たる。彼等にとってはまさに鬼のような存在だった。母性なんて幻想なのだなという事が良く分かる。演じる岩下志麻が怖い。
そんな状況の中でも、必死に子供たちの面倒を見ていた主人公だが、妻の機嫌を取る必要もあって、次第に彼らを疎ましく感じるようになる。その少しずつ変化していく様子が切ないのだが、経営の傾いた商売を必死に立て直そうとしている時期で、心の余裕がなかったのも大きいだろう。やはり「貧すれば鈍する」で、良くないことばかりを考えるようになってしまう。きっと金銭的な余裕があればこんな事にはならず、妻の態度だって違っていたはずだ。
映画は、邪魔になったこの三人の子供たちをなんとか手放そうとする主人公の姿が描かれていく。出来ればそんな事はしたくないが、でも何とかそれをしなければいけないという主人公の逡巡する様子が延々と映し出され、見ているだけで精神的にかなり応えた。そこに描かれているのは鬼畜ではなく、普通の中年男の姿だ。そんな普通のおじさんが、遠くから見れば鬼畜の所業に見える行いをしなければいけない状況に追い込まれてしまった事が、なんとも言えない気持ちにさせられる。
今回は、父親が三人の子供を捨てるという事件となった。だが例えば、夫が逆上して冷酷な妻を殺害してしまったりとか、その逆だったりとか、別の形で事件が起きた可能性だってあったはずだ。もしかしたらその負のエネルギーが、家族の外に向けられることだってあり得たはずで、そう考えると「貧困は自己責任」などと言っていないで、ちゃんと社会でサポートできる仕組みがあった方が良い。いつか巡り巡ってその矛先が自分やその家族に向かう可能性だってある。負のエネルギーが充満した社会は危険だ。
スタッフ/キャスト
監督/製作 野村芳太郎
脚本 井手雅人
原作 鬼畜 (双葉文庫 ま 3-8 松本清張映画化作品集 2)
出演 岩下志麻/緒形拳/蟹江敬三/穂積隆信/大滝秀治/加藤嘉/田中邦衛/三谷昇/浜村純/梅野泰靖/山谷初男/小川真由美
音楽 芥川也寸志