★★★★☆
あらすじ
裕福な家庭で育ち、仲間と怠惰な日々を過ごしていた男が、やがて痴漢を行なうようになる表題作のほか、「セヴンティーン」「共同生活」の3つの中編小説を収録。
感想
表題作は、退廃した生活を送っていた主人公が仲間から離れ、痴漢をするようになる後半がすごい。痴漢の矜持のようなものを熱っぽく語る文章には迫力があった。道徳心を満足させるために小説を読んでいる人にはあれかもしれないが、面白かった。
しかし考えてみれば、バレたら自分が今まで積み上げてきたものがすべて一気に崩れ去ってしまう行為なのに、その危険を冒してまで痴漢を行なう人が世のなかにたくさんいるのはすごいことだ。しかもそれで得られるのは束の間の欲望の満足だけで、普通の人間にはまったく割が合うとは思えない。それだけ性欲とは抑え難いものだということなのかもしれないが、それらをすべてわかった上でそれでもやる意識の高い痴漢は世にどれだけいるのだろうか。
「セヴンティーン」は、左翼的な考えを持っていた少年が右翼となる話だ。この本に収められている小説はどれも他者の目を強く意識する描写が多いが、この小説の主人公は、右翼となることで他者の目をはねつけようとする。
おれはいま自分が堅固な鎧のなかに弱くて卑小な自分をつつみこみ永久に他人どもの眼から遮断したのを感じた。《右》の鎧だ!
p199
弱くて情けない本当の自分を見透かされる恐怖をそれで防御しようとするのだが、確かに「右翼」はその格好の隠れ蓑となってくれるのかもしれない。古くから言われてきたことをただ同じように叫ぶだけでいいし、新しい考えを求められることもない。本当の自分をさらけ出す必要がなく、安心だ。
自意識への対処の仕方は色々あると思うが、結局は折り合いよくやっていくのが最善で、強引に何かで覆い隠そうなどとしないほうが良いのだろう。そうするとやはり無理が生じてしまう。世の中には自意識に気付かぬまま楽しく過ごしている人も多いので、これに苦悩してしまうのは気付いてしまった者の苦しみと言えるかもしれない。こじらせるとさらにとんでもないことになってしまうので厄介だ。
著者
大江健三郎
登場する作品
「旅へのいざない」 ボードレール
「(マイン・カンプ)わが闘争(上) (角川文庫)」
天皇絶対論とその影響 谷口雅春 光明思想普及会/生長の家 天皇絶対論 天皇絶対 生命の実相
関連する作品
「セヴンティーン」
「政治少年死す」(「セヴンティーン 」第二部)収録
この作品が登場する作品
「セヴンティーン」