★★★★☆
あらすじ
夫と共に小さな家でつつましく暮らしたカナダの画家・モード・ルイスの生涯。
原題は「Maudie」。
感想
両親が亡くなり、おばさんの家で居場所のない生活を送っていた主人公が、のちの夫となる男が募集していた家政婦の仕事に応募するところから物語が動き出す。主人公が障害(若年性関節リウマチ)を抱えていることはなんとなく窺えたが、イーサン・ホーク演じる男もどこか違和感があり、彼もまたどこか障害を抱えているのかと思ってしまったが、そんなことはないようだ。どうやらただ武骨で無愛想な田舎の男というだけのことらしい。
しかし住み込みの家政婦としていざ行ってみたら、そこが一部屋しかない小さな家で、しかも男と同じベッドで寝なければいけなかった、というのはすごい状況だ。昔は貧しかったのでそんなに違和感がないことなのか、そもそも嫁を見つけるつもりで募集をしていたのか。おそらく後者なのだろう。家政婦というのはお試し期間の名目のようなもので、だから男は初めて主人公を見た時に一度は断ったのかもしれない。
主人公は、無口で取っつきにくい男の元でうまく立ち回り、次第に自分の居場所を作っていく。挙句に勝手に家の壁に絵を描くまでとなるので、なかなか根性が座っている。ただ考えてみれば、叔母の家で肩身の狭い思いをしながら一生を過ごす事もありえたのに、自ら道を切り開いてここまで来たわけだから、彼女はたくましい。素直に感心してしまう。
そして男も案外いい奴だということも分かってくる。主人公が勝手に絵を描きまくるのを止めないし、金目当てで勝手に絵を売却してしまいそうなものなのに、彼女が嫌がればそれを受け止め、売るのをあきらめる。傲慢で独りよがりな男ではなく、根は優しい男であることが伝わってくる。
だが二人が本当に打ち解けるようになったのは、主人公の絵がどうやら売れるらしいと分かってからのような気がする。打算的に感じるかもしれないが、経済的に余裕が出来れば心に余裕が生まれ、そして人は優しくなれる、というのは真理だろう。そうでなければ男は虫の居所が悪い時に、主人公から絵を描くことを取り上げてしまっていたかもしれない。
やがて二人は結婚する。家政婦として来たはずの主人公が絵を描くことに専念し、代わって夫が家事一般をするようになったのは面白いが、その様子はとても微笑ましかった。夫はちゃんと妻の才能を認め、自分が相応しくないのではないかと気にしている。普通は妻の才能を妬んで不仲になりがちだが、彼の器がデカいのだろう。
そして主人公の絵が売れるようになっても、二人が小さな家で質素に暮らし続けたのがすごい。金遣いが荒くなったり欲が出たりしても良さそうなものだが、逆に世間が騒ぐせいで、これまでの静かな生活が維持できなくなりそうなことにイラつき喧嘩をしている。驚くほど二人に欲がない。でもこれは彼らが足るを知っていたわけではなく、それまでの境遇から世の中に何も希望を持たず、信用せず、そして期待もしていなかったからのような気がする。また、金の使い方に関する情報をあまり持ち合わせていなかったこともあるかもしれない。
延々と絵を描き続ける主人公の姿を見ていたら、こういう人が本当のアーティストなのだろうと思い知らされる。仕事だからではなく、ただ描きたいから描いている。でも彼女はたまたま才能を発見されて有名になったが、もし発見されていなかったらどうなっていただろうか?とは考えてしまう。それでも彼女は絵を描き続け、どのみちいつかは誰かに発見されることになったのだろうか。
エンドロールで少し紹介はされているのだが、その前の本編でもうちょっと彼女の作品をしっかり見せて欲しかった気はする。だが映画としては、彼女のアーティストの側面よりも、夫婦の関係を見せたかったのだろう。
派手なシーンや感情表現もなく、淡々と描かれ続ける静かな二人の生活だが、互いに何気なく交わす視線や仕草に、互いを思いやる愛情が伝わって来てほっこりする。そんな月日の積み重なりを眺めているうちに、じわじわと静かな感動に包まれていく。それだけにラストの死別のシーンは悲しかったが、これが少しわかりづらかったのが残念だった。だが温かな気分になる夫婦の物語だった。
スタッフ/キャスト
監督 アシュリング・ウォルシュ
出演 サリー・ホーキンス/イーサン・ホーク/カリ・マチェット/ガブリエル・ローズ/ザカリー・ベネット/ビリー・マクレラン
しあわせの絵の具 愛を描く人 モード・ルイス | 映画 | 無料動画GYAO!
登場する人物
モード・ルイス