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「スティルウォーター」 2021

スティルウォーター (字幕版)

★★★★☆

 

あらすじ

 無実を訴えるも現在フランスで服役中の娘に会いに行った男は、真犯人を探すために現地で暮らし始める。

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感想

 寡黙で信心深い肉体労働者の男が主人公だ。アメリカの典型的な白人保守層といった趣がある。そんな彼がフランスに乗り込み、無実の罪で服役する娘を救うサスペンス、もしくはアクションなのかと思ったがそうではなかった。娘の無実を晴らすため、フランスのリベラルな母娘の家に居候し始めた主人公が、変化していく様子を描いたヒューマンドラマだ。

 

 劇中では、アメリカのトランプ元大統領や銃についての話題が持ち出され、フランスの差別や貧困、移民の問題が映し出される。両国の社会的な問題が意識的に描かれている印象だ。これはどこの国が悪いとかではなく、どこの国にも問題があり、現代社会全体が病んでしまっていることを示しているのだろう。

 

 

 主人公は、自分なんてこの程度の男だと決めつけ、その枠内をはみ出さないように生きている。幸福を感じることは少ないが傷つくことも少ない生き方だ。彼が妙に敬語を使って礼儀正しいのもその表れだろう。敬語や礼儀正しさは相手とのコミュニケーションを円滑にするものだが、互いの領域に踏み込ませない壁の役割も果たす。自分はあなたを傷つける気はないが、気安く関わって欲しくもないと意思表示しているようにも見えた。期待しなければ失望する事もない。

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 余計なことで思い悩まずにいられる賢い生き方なのかもしれないが、これはあきらめてしまった生き方だとも言える。他人からすれば扱いやすい人間だ。無力感に支配されている保守的な人間は利用されやすい。

 

 

 そんな彼が娘の無実を晴らすため、フランスで独力で真犯人を探し始める。わずかな情報を頼りに、たまたまホテルの隣室だった英語を話せるフランス人に協力を仰ぎながら、真犯人がいると思しき危険なスラム街にたった一人で乗り込み、無防備に聞き込みをしたりする。良くも悪くも愚直で泥臭い、主人公らしいやり方だ。この一本気な姿には引き込まれるものがあった。

 

 だが調査は長期化する。主人公は、通訳を頼んだ女性が娘と暮らすアパートに居候し、働きながら犯人探しを続行する。ここからは犯人探しよりも主人公の居候暮らしがメインで描かれるようになる。中でも主人公とこの女性の幼い娘とのやりとりは微笑ましかった。それぞれが母語の英語とフランス語で話しているのに、いつの間にかちゃんと会話が成立するようになっていたのは面白かった。

 

 世話になっている女性は舞台女優で、主人公が今まであまり接点の無かったリベラルなタイプの女性だ。彼女を取り巻く世界に触れることで、主人公の態度は少しずつ変わっていく。自分の柄ではないと近づくことすらしなかった劇場に行ってみたり、眺めるだけだった海で泳いでみたりするようになった。これまで縁のなかった幸福な家庭生活のようなものを味わうことで、欲が出てきたのだろう。だがこれはきっと良い欲だ。人はもっと自分の幸福を追求していい。

 

 そんな父親とは逆に長い獄中生活に疲れ果ててしまった娘が、すべてをあきらめ、無力感を受け入れることで心の平穏を得ようとし始めていたのは皮肉だ。彼女は父親のようになりたくないと幸福を求めて遠く異国のフランス・マルセイユまでやって来たのに、思わぬ事件によってかつての父親のようになろうとしている。

 

 最後はすべてがほろ苦い結果で終わり、主人公はアメリカの故郷に戻ることになる。ラストで、いつもの場所に戻った彼がつぶやいた言葉が印象的だったが、心持ちが変われば同じ景色も違って見えるということだろう。景色が違って見えれば行動も変わってくるはずだ。だが主人公の心境の変化は良いものだけでなく、悪いものもある。そう考えるとなんとも言えない気持ちになるが、人生はいつだって複雑だ。そんな中で幸せを求めて足掻くことに意味がある。

 

 振り返ると、フランスで主人公を助けまくったリベラルの女性のいい人ぶりが尋常ではなかったなと思ってしまうが、深い余韻を残してくれる映画だった。

 

スタッフ/キャスト

監督/脚本/製作 トム・マッカーシー

 

出演 マット・デイモン/カミーユ・コッタン/アビゲイル・ブレスリン

 

撮影 マサノブ・タカヤナギ

 

スティルウォーター (映画) - Wikipedia

 

 

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