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「乱れる」 1964

乱れる

★★★★☆

 

あらすじ

 戦死した夫の実家が営む酒屋をひとりで立て直した女と、大学を出るも仕事を辞めてふらふらしている義理の弟。

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感想

 戦死した夫の家業である酒屋を切り盛りし、戦後の難局を乗り越えて拡大してきた女主人が主人公だ。義母らはそんな彼女に感謝の気持ちはあるものの、本心では次男に後を継がせたいと考えている。夫もおらず子もおらず、まだ若い彼女に家のために尽くさせるのは申し訳ない、再婚して新しい人生を歩んでほしいという気持ちもあるのだとは思うが、散々働かせて世話になっておいて、将来が見えてきたら邪魔だなと思ってしまうのはひどい。

 

 だが彼女が、家業の当主として働き続けるには再婚しないことが前提となるだろう。再婚してこの家とは何の関係も無くなってしまった彼女とその夫が居座り続けてしまっては色々とややこしくなる。元夫との間に子供がいたらまた違ってくるのかもしれないが。家を出て他家に嫁いだ娘たちが平然と冷酷なことを言うのに対して、家に残る義母がこれでいいのかといつもオロオロしていたのは、何の不満もない主人公のこの状況に複雑な思いを抱いていたからだろう。

 

 

 しかし他家に嫁に行く女性は大変だ。単純に知らない家族と一緒に暮らすだけでもなんかイヤなのに、唯一、つながりのある夫がいなくなってしまうと途端に不安定な立場になってしまう。かといって、夫が死んだからとさっさと出て行ってしまうのは気まずい。それに急に家を出ても簡単には生計を立てられないはずだ。

 

 そう考えると、なんとなく嫌悪感を抱いてしまうのだが、未亡人となった女性が死んだ夫の兄弟と結婚するレビラト婚というシステムは双方が丸くおさまって理に適っているのかもしれない。家は女性とのつながりを保つことが出来るし、女性も寡婦としてその後を過ごさなくても良くなる。あとは当事者同士の気持ちだけだ。

レビラト婚 - Wikipedia

 

 主人公はそんな状況を理解した上で健気に家のために働いていたが、12歳年下の義弟に恋心を告げられたことで戸惑ってしまう。レビラト婚が普通の社会であればこれで一件落着、めでたしめでたしなのだが、このことが彼女をより一層苦しめることになってしまった。今も夫婦別姓や同性婚を認めるかどうかで議論になっているが、これは社会システムが人の幸不幸を左右してしまうことを示す一例だと言えるだろう。

 

 前半は告白によってギクシャクした二人のヤキモキする関係が、一般に想像できるような形で展開される。だが主人公が家を出る決心をしたあたりからグッと物語に深みが増し始めた。実家に帰る彼女を送ろうと義弟が同行するのだが、この長い電車旅のシーンがなんとも言えない趣がある。そして最初は固い顔をしていた主人公が、家から離れるに従って次第に肩の力が抜け、リラックスした表情を見せるようになる。彼女がいかに家に縛られていたかが分かるシーンだ。だが、彼女自身で自らを縛ってしまっていた面もあるはずだ。

 

 この電車旅と同様のことを今やるとしたら飛行機の旅になるのだろうが、いつでも降りられることからくる先行きがどうなるか分からない不安感が出ないし、外の景色や乗客の変化で何かを表現することもできない。こんな風にやたらと移動に時間がかかることで醸成される情緒のようなものは、今やなかなか感じられなくなってしまったかもしれない。

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 家から遠く離れたことで解き放たれ、自由を感じ始めた主人公は気分が高ぶり、途中で義弟と共に電車を降りる。そして温泉街へ。こうなったらもう勢いは止まらないだろう、そのままエンディングまで突っ走るのだろうと思っていたら、さらにもうひと山用意されていたのは心憎い演出だった。しかも予想とも期待とも真逆の結末となる。風情のある銀山温泉の街並みを背景に、悲壮感を漂わせて走る主人公の姿がいつまでも心に残った。

 

 ありふれたストーリーのメロドラマであるにも関わらず、とてもエモーショナルで、感情が揺さぶられてしまう映画だ。特に後半は素晴らしかった。

 

スタッフ/キャスト

監督/製作 成瀬巳喜男

 

脚本 松山善三

 

出演 高峰秀子/加山雄三/三益愛子/草笛光子/白川由美/十朱久雄/浜美枝/浦辺粂子

 

乱れる

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乱れる - Wikipedia

 

 

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