★★★★☆
あらすじ
東京の下町で長屋に住み、「とんかつ大将」と慕われる医師は、近くの病院が拡張計画のために近隣の立ち退きを求めていることを知り、反対運動を始める。
感想
近所の病人は勿論、喧嘩の仲裁から子供たちの面倒まで見てやる医師の主人公。近所の人から頼りにされるのは納得なのだが、病院をやっているわけでも勤めに出ているわけでもなく、どんな生活をしているのか、結構不思議だ。今の感覚だとそう感じるだけで、当時だとそうでもないのか。医者なのだから、その気になれば貧しい長屋で暮らす必要もないはずだから、ちょっと変わった人なのは間違いないだろう。
勝手に他人の病院に上がり込んで手術をしたり、一般人である家族が手術に立ち会うとか、当時のおおらかさというかワイルドさにもちょっと驚いてしまった。
立ち退きを求める病院とそれに反対する近隣住民、主人公に惹かれるも反発を感じる女医、病院拡張の裏で画策される陰謀などをメインで描きつつ、そこに主人公が想い続けてきた女性との再会やかつての親友との対立なども絡めた人情劇となっている。いろんな要素を上手くまとめていて、さすがの手腕だ。
主人公へ恋心を抱きながらも、それが叶えられないことを知って静かに身を引くとんかつ屋の女将や、その女将に叶わぬ想いを寄せる中年男のしみじみとした姿など、まわりの人物たちもしっかりと描かれている。
主人公の出自に絡めた新聞のデマ記事に、あっさりと住人たちの結束力が瓦解するシーンは切なかった。人々を結束させるのも、その結束を維持するのも本当に難しい。その反対に人々を対立させ、争わせることのなんて簡単な事か。
立ち退きの件は何とか話がうまく収まって大団円となる。ただ、こういう立ち退きが各地で行われて、江戸時代から続くような、他人同士が肩寄せ合って暮らす庶民の生活は解体されていったのだなと思うと少し感傷的な気分になる。
そして主人公の恋愛話は曖昧なままエンディングを迎える。善良である人が聖人である必要はないんだけどな、と思わないでもないが、でもこの手の人情劇の定番の型ではあるので仕方がない。
スタッフ/キャスト
監督/脚本 川島雄三
出演 佐野周二/津島恵子/三井弘次/角梨枝子/長尾敏之助/高橋貞二/徳大寺伸/幾野道子/設楽幸嗣/坂本武/小園蓉子/北竜二/美山悦子
音楽 木下忠司