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個人的な映画・本・音楽についての鑑賞記録・感想文です。

「全身小説家」 1994

全身小説家

★★★★☆

 

あらすじ

 小説家・井上光晴の最期の5年間を追ったドキュメンタリー映画。キネマ旬報ベスト・ワン作品。157分。

 

感想

 この映画で取り上げられている井上光晴という人のことについては、本も読んだことがなく、どんな人なのかもまったく知らなかったのだが、ひたすら創作に打ち込む近寄りがたい人という事前に勝手にイメージしていた人物像とは全然違った。まわりに自然と人が集まってくるような人間的な魅力にあふれた人だった。何も知らなければただの陽気なおじさんだと思ってしまいそうだ。

 

 中でも、彼について語る年配の女性達がみな目をキラキラさせていたのが印象的だった。生まれてきた以上はやりたいことをやらなきゃ本当に生きたことにはならない、と自身が語っているが、そうやって生きている人は魅力的に見えるのだろう。しかも人の迷惑を省みず傍若無人にやりたいことをやるのではなく、なるべく誰にも迷惑をかけないようにと心掛ける配慮の人でもある。皆が楽しいと自分も楽しいというタイプの人で、愛されるのはよく分かる。

 

 

 映画は次第に井上の闘病にフォーカスを当てるようになる。このあたりは闘病していたから撮影を始めたのか、撮影していたら闘病するようになったのか、どちらが先なのか気になる所ではある。彼が死に対して恐怖というよりも無念さを表しているのが印象的だった。今からできることには限りがあるのか…と残念がっている。

 

 そんな中で行われた井上の手術シーンはなかなか強烈なものがあった。ニュースやドキュメンタリーで目にする手術の様子は、たいがい患者はどこの誰だか分からない匿名性の高い人物なのであまり意識しないのだが、この映画ではずっと追いかけてきた人の手術を見ることになるので、生々しさが半端なかった。今まで喋っていた人の体が切り開かれて内臓が取り出され、そして術後に再び普通に喋っているのを見るのは、今さらだがなんだか不思議な感じがした。こういうことを日常的にやっている医者はすごいなと妙に感心してしまう。

 

 闘病とは別に、取材する中で井上が自身で語った半生が虚構にまみれている事も徐々に明らかになっていく。確かに最初は驚いたが、なんだか段々と愉快な気分になってきた。人間だれしも語りたくない過去はあるし、それを嘘で取り繕おうとすることはある。それに真実を語ったつもりでも気づかず捻じ曲げてしまっていることだってある。だったら、どうせなら面白い話をでっちあげたっていいじゃないかという気がしてきた。誰に迷惑をかけるわけでもない。性愛を超越した男女の友情があることを知った、と告別式で涙ながらに語っていた瀬戸内寂聴も、後で調べたら実は男女の仲だったらしく、やってるなとニヤリとしてしまった。でもそれで別に構わない。

 

 この映画では井上の小説のことについてはあまり触れらないのだが、当時は彼の作品について世間はある程度の知識を持っているという前提だったのだろうか。彼の作品を読んでみたくなった。

 

スタッフ/キャスト

監督/撮影 原一男

 

出演 井上光晴/井上郁子/埴谷雄高/瀬戸内寂聴/野間宏

 

撮影 大津幸四郎

 

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