★★★★☆
内容
2012年に発覚した尼崎連続変死事件に関する周辺取材。
感想
とにかく事件の人間関係を把握するのが大変で、何度も相関図を眺めることになる。ただ段々と分かってくるのは、犯人がターゲットにしたのはその殆どが、犯人のグループの身内の親戚関係だということ。自分の叔父の妻の側の一家やグループの男の義理の父親の側の一家。これらの家族に因縁をつけ、一家を乗っ取り、更にその親戚関係を狙っていく。
一家の乗っ取りなんてあり得ないと思うのだけれど、実際に何家族も乗っ取られているのだから、起き得ることなのだろう。弱みを握られ恐喝し、食事や睡眠を制限され、逃げようにも他の家族を置いては逃げられない。やがて家族間に亀裂を生じさせ、互いに監視させ殴り合わせる。主犯の女は、そういう人間関係の機微を掴むのがうまかった。
縁戚関係であるということは、被害者側が簡単には拒絶しにくいという心理的負い目に付け込みやすいし、何より民事不介入ということで警察の関与を防げるという犯人側のメリットがある。更に万が一、乗っ取った家族の誰かが逃げても、身内しか出せない捜索願を出せば、警察が居場所を教えてくれるという特典も得られる。
狙われた場合の対応策としては毅然とした態度で対応する、ぐらいしかない。急場をしのごうと場当たり的な対応をしてしまうと逆に付け込まれてしまう。 とにかく相手にすると面倒だと思わせる事が大事だ。
一連の事件の当事者の何人かが登場するが皆口が重い。家族を崩壊させられる過程で思い出したくないような出来事がたくさんあるのだろう。自分の娘たちが被害者と加害者に分かれてしまった男性の気持を考えるとやりきれない気持ちになる。犯人にかかわることがなければ、きっと娘達は被害者でも加害者でもなかったはずだ。
こういう事件では当然のように警察の不手際もついてくるのが、さらに何とも言えない気持にさせられる。これだけ長期に渡って多くの人間が巻き込まれた事件なので、被害者自身やその関係者が何度も警察に訴えているが、民事不介入ということで動かなかった。これだけ異様な事件で色々な情報はあったはずなので、何か出来たはずだ。本書の中では、警察に対する怒りや憤りではなく、あきらめの冷めた感情が漂っている。
読み応えのある本書を読み終えた後も、事件の全容が理解できたという感覚よりも、きっとまだまだ何かあるな、と思わせる闇の深さを感じる。他にも被害者がいるかもしれないし、やけに詳しい取材の協力者達の話しぶりには、まだ表には出てきていない関係者がいるのかもしれないし、犯人と関わりの深い団体の存在というのも気になる。
事件は主犯の女が留置場で自殺することで全容の解明は難しくなった。さんざん色んな人の人生を滅茶苦茶にしながら自由に生きて、いざ捕まってもう釈放されないかもしれないと分かったら、生きていても意味がないとばかりにさっさと自殺するなんて、どこまで自分勝手な女なんだと憤りを覚えた。そしてここにも、留置場での自殺を防げなかったという警察の不手際がしれっと普通にある。
著者
小野一光
登場する作品