★★★☆☆
あらすじ
少年時代を過ごした街を出て、作家として名を成した男、トーニオ・クレーガー。別の邦題タイトルとして「トニオ・クレーゲル」「トニオ・クレエゲル」など。他一篇は「マーリオと魔術師」。
感想
美しい少年との友情や少女への恋心など、よくある青春時代を過ごしながらも、どこかで彼らとは違うことを直感で感じていた青年。その象徴的な二つの思い出を、まるで回想シーンのように列記する最初の構成がうまい。
少年との友情の行方や、少女への恋心がどのような結末を迎えるのかが描かれていくのかと思っていたら、その話はプツリと途切れて、次の話が始まる。どうなったか気になるが、でも大体想像はつく。誰もが体験するような内容だろう。友とは疎遠となり、恋は冷める。
そのような体験を経て、やがて作家となった主人公。彼らとは違うんだという自負がありながらも、彼らに憧れてしまうような気持ちも抱えている。これは芸術家に限らず、誰しもが共感できるような感情かもしれない。SNS上できらきらしている人たちを馬鹿にしながらも、どこかで彼らのように生きられたらどんなに楽しいだろうと思ってしまっているような気持ち。
芸術至上主義という考え方もあるが、大衆から離れてしまって玄人にしか理解できないものを作っても…というのもある。そのあたりを踏まえながら、芸術に対する愛とそれに取り組む姿勢を素直な気持ちで表したラストは、爽やかだった。
もう一篇の「マーリオと魔術師」は当時その兆しを見せていたファシズムの恐ろしさを垣間見せるような作品。最初は不思議な雰囲気の魔術師の事を、なんだか得体のしれない人物だ、と少し反発を覚えながら遠巻きに様子を窺っているのだが、何となく空気に呑まれて次第に彼のペースに乗せられてしまっている。決して手放しで歓迎しているわけではないのが興味深い。
また、隷属することが好きで、もともとわずかしかない自主性を進んで捨てたがっているように見えた。
p208
そんな会場の雰囲気をつくったのは、魔術師の、鞭をちらつかせながらの巧妙な話術によるものが大きいのだろうが、どこにでもいる様な一定のこういった傾向の人物たちの存在が、それの大きな手助けをしていたのは間違いない。ラストも含めて、なんだか嫌な汗をかいてしまいそうな作品となっている。
著者
トーマス・マン
登場する作品
ドン・カルロス―スペインの太子 (岩波文庫 赤 410-4)
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