★★★★☆
あらすじ
聴覚障害を持つ家族の中で唯一耳が聴こえる女子高生は、音楽の才能を教師に認められ、パリの学校に行くことを勧められる。
フランス映画。アカデミー賞作品賞を受賞した「コーダ あいのうた」は本作のリメイク作品。
感想
聴覚障害を持つ家族の中で唯一耳が聴こえる女子高生が主人公だ。手話を通訳することで家族と社会をつなぐ役割を果たしている。なくてはならない一家の貴重な存在だ。そんな主人公がパリの学校へ行くことを勧められ、夢を取るか、家族を取るか思い悩む物語だ。
まず酪農を営む主人公一家が、とても仲良さげなのがほっこりする。手話で会話をするから隠し事をしにくいからか、自然と相手をよく見たり、身体的接触をすることが多くなるからなのか、とても親密な雰囲気が漂っている。もしかしたらハンディキャップによって社会から疎外されているために身を寄せ合って絆が深まった、というのもあるのかもしれない。
彼らが村長に悪態をついたり、性的な話題にオープンだったりとワイルドなのも面白い。観客が勝手に抱いてしまう固定観念を打ち壊してくれる。特に主人公以外の家族が皆、性的な問題で医者に厄介になっているのは可笑しかった。医者との間に立って彼らのプライベートな話を通訳しなければならない主人公はたまったものではない。
主人公はコーラス部に入り、音楽の才能を教師に認められるようになる。しかし、このコーラス部の活動にはかなりカルチャーショックを受けてしまった。課題曲として大人の情熱的な愛の歌を採用し、生徒に対して男女ペアで抱き合い踊りながら歌うよう教師が指導する。こんなの日本の高校でやろうものなら大問題になりそうだが、生徒らも照れたり恥ずかしがったりすることなく、全然平気でそれに従っているのにも驚く。
発表会でも保護者たちは普通に楽しんでいるし、小さな子供たちもはやし立てたりすることなく真面目に見つめていた。フランスすごいな、と思ってしまうが、こういう積み重ねによって文化となっていくのだろう。だが、恋愛は人間にとって一般的なものなので、学校では教育上よろしくないと目に触れないよう散々隠しておきながら、卒業した途端に恋愛しろ、なぜ結婚しないのだ、なぜ子どもを産まないのだ、と喚いたりなんかするよりは、全然自然なことのように思える。
一家の貴重な存在の主人公が家を離れ、パリに行きたいと表明したことに家族は動揺を隠せない。しかも耳の聞こえない者には理解できない音楽の世界で目指すことに母親はショックを受けている。主人公が生まれた時に聴覚があることが分かって落ち込んだという彼女の話は衝撃だったが、自分が理解できないものを拒絶したくなる感情は、誰にでもあるものなのだろう。
だがやがて家族も主人公の夢を後押しするようなる。中でも父親が、歌の素晴らしさを理解しようと娘に歌ってもらうシーンには胸を打たれた。そして家族の想いを汲み取り、オーディションで主人公が歌いながら思わず手話を使うシーンは感動的だった。この時に歌った曲の歌詞も、主人公の心情を良く表していて泣ける。終盤は畳みかけるように見る者の感情を揺さぶってくる。
この映画をリメイクした「コーダ あいのうた」はすでに鑑賞済みで、大まかな流れは同じだったのだが、それでもこの映画で聴覚障碍者が見ているだろう世界に対する気付きがあった。つまり「コーダ あいのうた」でも描かれながら全然気づいていなかったところがあるわけだ。他者の立場を思いやることがいかに難しいことなのか、改めて痛感した。
スタッフ/キャスト
監督/脚本 エリック・ラルティゴ
出演 ルアンヌ・エメラ/カリン・ビアール/フランソワ・ダミアン/エリック・エルモスニーノ/ロクサーヌ・デュラン/イリアン・ベルガラ/ルカ・ジェルベール
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