★★★☆☆
あらすじ
間違い電話をそのまま受けて、探偵の仕事を引き受けることになった作家の男。
感想
虐待していた父親が自分を殺しに戻って来るので助けて欲しい、という間違い電話の依頼をそのまま受けてしまった主人公。主人公は家族を失って絶望し、人との接触を避けて小説だけを書いて生きている世捨て人のような人物。自分の事などどうでもよく、さらには作家としてのペンネームよりも自身の書く小説の主人公に現実味を覚えているような男だ。そんな男が間違い電話をきっかけに、別名の新たな分身を手に入れて探偵の仕事をすることになる。
彼に間違えて仕事を依頼したのは、幼少時からの父親の虐待により、まともに言葉を話せない青年。その後遺症を乗り越えて必死に自分を取り戻そうとしているが、なかなかうまくいかない。自分を失くそうとばかりしている主人公とは対照的な存在と言えそうだ。そして青年が恐れている父親は、人間が先天的に備えているものが何かを知りたいと、実験として息子に何も与えず何もない状態に保とうとした男。こちらは主人公と気が合うような気がする。
探偵として主人公は、ニューヨークに戻って来た青年の父親を毎日見張り、尾行するようになる。そして、日々起きたことをメモしたノートを頼りに対象の意図を読み取ろうとする主人公の姿は、まさに謎解きをする探偵のようだったが、物語はありきたりの探偵小説のようには展開しなかった。
途中で「ドン・キホーテ」に言及して、彼は道化を演じていただけで実際は正気だったのでは?そしてそれには意図があったのでは?などと指摘するシーンがあり、これがこの物語を読み解くカギと言えそうだ。また、主人公がなりすましたその当人も登場するので、同じ名前の二人が存在するという事になり、これは一人の人物の二つの側面を表現しているという可能性もある。この辺りを深く考察してみると、きっと何かが見えてきそうな気がする。
著者
ポール・オースター
登場する作品
「月の世界」 ハイドン
「野生詳述」 デフォー
「楽園の回復・闘技士サムソン (1982年)」所収 「楽園の回復(復楽園)」
「アーアー・ゴードン・ピム」 ポー
「ドン・キホーテ 前篇一 (岩波文庫)(奇想 驚くべき郷士 ドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャ)」
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