★★★★☆
あらすじ
フランスからアメリカに向かった飛行機は着陸寸前にかつてない乱気流への突入を余儀なくされるが、その後、乗客たちの身に不思議なことが起きる。ゴンクール賞受賞作。
感想
序盤は多様な人物のそれぞれの日常が一人ずつ順番に描かれていく。共通点のないバラエティに富んだエピソードが次々と展開されるので、最初はその関連性がよく分からない。だが読み進めるうち次第に、彼らが以前、同じ飛行機に乗り合わせていたことが分かってくる。そして、一通り登場人物の各物語が語られた後に、そのフライトで起きた不思議な出来事の正体が明らかにされる。
この出来事によって三か月後、登場人物たちは飛行機に乗っていた時の自分の分身に遭遇することになる。最初は登場人物たちの人生が交錯することで織りなす人生模様が描かれるのだろうと予想していたので、この突飛な展開には驚いてしまった。この後も乗客同士の人生が交わることはない。
その代わりに描かれるのは、各登場人物が三カ月前のもう一人の自分と対峙する物語だ。その間に恋人ができた人もいれば、別れた人もいる。また妊娠した人も、病気で余命わずかだと診断された人もいる。さらには自殺した人だっている。わずか三カ月でも色々なことが人生では起こり得るのだなとしみじみとしてしまう。三カ月前の自分に会ったらアドバイスを送りたい人もいれば、疎ましく感じる人だっているだろう。
それに自分は二人存在するが、財産や所有物、仕事などの身分は一つしかない。それらをどう分け与えるかは問題になってくる。そして最も難問なのが家族などの人間関係だ。二人で家族を共有するのは難しいし、相手だって二人を相手にするのは戸惑うはずだ。三ヶ月の変化を踏まえ、登場人物たちがもう一人の自分とそれらをどう処置するのか取り決めていく過程には、様々なドラマがあった。
クズどもはつねに愛国心に逃げ場を見いだす。
p70
そんな中で、SF物で徹夜をするのはいつも科学者だから、たまには哲学者にも徹夜させるべきだと主張したり、名指しはしていないがトランプ元大統領を皮肉ったりと、ニヤリとさせる風刺やジョークが随所にたくさん散りばめられているのも面白かった。中でも、科学者が適当に用意したマニュアルがSF映画からの丸パクリだとバレてしまう場面は笑えた。
各人物のそれぞれジャンルの違う物語を一度に味わえる構成は見事で、幕の内弁当的な楽しさがある。そしてその一つ一つに、人生について考えさせられる深みもある。読みごたえがあって堪能できた。
著者
エルヴェ・ル・テリエ
登場する作品
博士の異常な愛情/または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか
デューン 砂の惑星〔新訳版〕 上 デューン・シリーズ (ハヤカワ文庫SF)
「ダイスマン」 ルーク・ラインハート