★★★★☆
あらすじ
パリのカフェの女主人は、毎日店の前を通るホームレスの男が、戦中に行方不明になった夫とよく似ていることに気付く。カンヌ国際映画祭パルム・ドール受賞作。
感想
主人公であるカフェの女主人が、ホームレスの男が行方不明の夫とよく似ていると気づいてからの行動が挙動不審すぎる。男のあとをつけて住処を見つけ、すぐそばで一晩明かし、朝から様子を窺い、そして遂に話しかける。当然会話は弾まないが、それでもその後出かけた男のあとをつけ、彼の行動を見守り続ける。
何も知らない男にとっては気味悪すぎだったはず。完全なるストーカーだ。単刀直入に「もしかして私の夫では?」と切り出せばいいのに、と思ってしまった。相手は記憶喪失だから変に詰め寄ってはいけないという優しさや、奥ゆかしさの表れなのかもしれない。
その後も親せきを呼び寄せて遠くから観察してもらったり、わざとらしく大きな声で身内の話をしてちらちらと様子を窺ったりと、あくまで遠回しに確認をしている。自分の夫だった人だから、本人を見ればわかりそうなものだが、行方不明になって16年も経っているし、記憶喪失で雰囲気は違っているし、主人公ももはや帰って来るとは思わず、記憶は薄れていっているだろうしで、案外分からないものなのかもしれない。
主人公が積極的に男と接し、なんとか記憶が蘇らないかと色々試みる姿は切ない。それでもそんな二人が、店のジュークボックスの前で仲良く並んで座り、姿勢を正してオペラを聴き、曲が終われば二人で歌い出したのは良いシーンだった。ちゃんと心を通わせている。
生き別れになった男女の悲劇的な出会いを描いた恋愛ものかと思っていたら、映画は次第に戦争の深い傷跡を露わにしていくかたちに。戦争が終わって16年が経っても、あちこちに戦争の跡は残り、この主人公にとってはまだ完全に終わっていないということを知る。主人公が確認のために呼んだ夫の叔母が、「困ったことになった」とボヤいていたのが、今さらになって重い言葉となってズシンと心に響く。
主人を演じるアリダ・ヴァリが、浮世離れした美人女優といった風ではなく、どこにでもいそうなカフェを仕切る女主人といった容貌なのが良かった。こうやって戦争を引きずる人間がどこにでもいることを窺わせる。戦争が終わってもその傷跡がいつまでも癒えない事もある。戦争なんてするものではないなと改めて実感させられる。
スタッフ/キャスト
監督 アンリ・コルピ
脚本 マルグリット・デュラス
出演 アリダ・ヴァリ/ジョルジュ・ウィルソン
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