BookCites

個人的な映画・本・音楽についての鑑賞記録・感想文です。

「この国の空」 2015

この国の空

★★★★☆

 

あらすじ

 戦時下の東京郊外で母親と暮らす若い女は、妻が疎開し単身で生活する隣家の男の世話をするようになる。

 

感想

 太平洋戦争末期の戦時下の人々の暮らしと、二階堂ふみ演じる若い主人公の満たされない女心が描かれていく。登場人物たちが空襲や泥棒の話を話題にすることはあるのだが、戦争の悲惨な映像が映し出されることはなく、思っていたよりも皆がのどかに暮らしているのが意外だった。もっと隣近所で相互監視するギスギスした関係があったり、食べ物に困ってひもじい思いをしたりしているのかと思った。そして割と平気で「本当に勝てると思ってるの?」とか「死にたくない」とか本音を口にしている。こういう地域もあったという事だろうか。

 

 ただそういう生活も、戦争の大きな被害を被っていないからなのだろう。空襲で家を燃やされ家族を殺されてしまえば、主人公の叔母のように一気に人生はハードモードになる。全てを失い、頼る人もいなければ行き場もなく路頭に迷うことになる。彼女を一度は追い払おうとした主人公らも、実際の所はギリギリのところで生活をしていることが分かる。主人公たちだって本当はそんなことはしたくなかったはずだが、戦争が人々の心を蝕み、余裕を奪っていく。空襲に対する叔母の言葉や疎開を断られたお爺さん、愛想よく振舞いながらも心は素っ気ないおばさんなど、なんでもないよう顔をしている周囲の人々の言葉や様子からもそれが窺える。

 

 

 ちなみに離れの納屋に置いてもらうことになった叔母は、その暮らしぶりは描かれない。そのため主人公らの住む母屋にどこからともなく現れる様子はなんだか座敷童のようでちょっと面白かった。演じる富田靖子が遠慮とも開き直りとも見えるような何とも言えないいい表情をしている。

 

 そんな暮らしの中で健気に生きる主人公は、単身で暮らす隣人の長谷川博己演じる男に淡い恋心を抱く。ただこれは恋心というよりも、戦争でほぼ男がいなくなってしまった近所で唯一恋愛対象になりそうな相手だったので、本能的に彼を「男」として意識した、と言った方が良さそうだ。庭に植えた熟した赤いトマトのように自分も女ざかりを迎えたのに、戦争のせいで何も起きることなく無為に日々が過ぎていく。その焦りや苛立ちが感じられる。いくら戦時中とはいえ、おとなしく「銃後を守る女性」という役割だけを演じてはいられない。工藤夕貴演じる主人公の母親も、物々交換に行った田舎の河原で、開放感からか急に「女」の顔を見せている。

 

 主人公がこまごまと隣人の世話を焼くうちに、二人の距離は次第に縮まっていく。そして遂に互いの気持ちを確かめ合う神社のシーンは、まるで剣術の試合のようだった。じりじりと詰め寄る男に後ずさりをするも、劣勢を挽回しようと思い切って後先かまわず飛びついてしまう主人公。これが試合なら「主人公の若さが出てしまいましたね」と解説されてしまいそうだ。とはいえ恋愛においては勢いは大事だが。そのうちこういう展開が待っているのは予想が出来たのだが、それが起きたのが映画終盤になってからというのが抑圧された戦時下ならではと言えるのかもしれない。現代劇なら序盤ですぐにそういう事になっていそうだ。

 

 一度思いを吐き出してしまえば止まらなくなるのが若さかも知れないが、そこに飛び込んできた終戦の情報にまるで関心がないように振る舞っていた主人公が印象的だった。戦時下という非日常を日常とみなして生きようと決め、一時停止していた人生を前に歩み始めた途端に戦争が終わってしまった。こうなってしまうと戦時下という前提で再始動してしまった自分の人生が気になって、戦争の行方なんかどうでもよく思えてしまうものかもしれない。しかも負けて終戦なので、主人公にとっては二重の意味で腹立たしかっただろう。突然映像が停止して終わる想定外のラストから始まる、主人公の熱い想いをのせた詩の朗読が心に沁みた。

 

 そしてこれは遠い過去の話だと思ってしまいそうだが、現在のコロナ禍でも同じようなことが起きている。ズルズルと非日常が続くうちに、青春を謳歌するべき時間を無為に過ごす事になってしまった世代がいる。世間全体としてはあまり関心がないようだが、この世代はそのうち世の中に何らかの影響をもたらすような気がする。出来れば、我々は我慢したのだからあなたたちも我慢してください、というのではなく、あなたたちは我々の分も存分に楽しんでください、という良い方向で表れて欲しいが、まったく気にも留めてくれなかった大人たちを見ていた彼らに、そんな心の余裕があるかは分からない。

 

スタッフ/キャスト

監督/脚本 荒井晴彦

 

原作 この国の空(新潮文庫)


製作 奥山和由

 

出演 二階堂ふみ/長谷川博己/工藤夕貴/富田靖子/利重剛/上田耕一石橋蓮司/奥田瑛二/川瀬陽太

 

この国の空

この国の空

  • 二階堂ふみ
Amazon

この国の空 (映画) - Wikipedia

この国の空 | 映画 | 無料動画GYAO!

 

 

登場する作品

茨木のり子詩集 わたしが一番きれいだったとき (豊かなことば 現代日本の詩 7) (豊かなことば現代日本の詩)

 

 

bookcites.hatenadiary.com

bookcites.hatenadiary.com