★★★☆☆
あらすじ
太平洋戦争末期、軍への協力として米兵捕虜に人体実験をすることになった医学生ら。キネマ旬報ベスト・ワン作品。
感想
序盤は、若き医学生である主人公が、医学の進歩のためというお題目で患者の命を軽く扱う風潮に苦悩する様子が描かれる。確かにどのみちこの患者は死ぬのだからどうせなら実験的な事をしてやれと最善を尽くさない医師たちの態度には反感を覚える。だが太平洋戦争末期の一億玉砕とか喧伝していた時期なので、まともな医療を施したところで結局は戦争で皆死ぬ、というどこか捨て鉢な雰囲気が皆に漂っており、その影響もあったと言えそうだ。こうやって戦争は様々な局面で人々の心を蝕んでいく。
そのままヒューマニズムを前面に押し出される展開だとしんどいかなと思っていたのだが、徐々に登場人物たちの人間臭さが現れてきて面白くなっていった。学内の権力争いに、恨みや信奉といった個人的感情、また人間の心の深奥に対する個人的興味など、それぞれがそれぞれの事情を抱えて捕虜への人体実験へと突入していく。
そんな人物たちの中で印象的だったのは、冷徹に自身や周囲を観察する主人公の同期の男だ。彼は良心の呵責に悩む主人公とは対照的な存在だ。戦争犯罪を冷静に執り行っている教授たちの無感情や、それを見学する軍人たちの罪の意識が感じられない無邪気さを冷静に見つめる視線は少し怖くさえあった。演じる渡辺謙が存在感抜群で、特に怖気づいた主人公を説得するシーンでの演技は印象的だった。普通なら語気を強めそうなところで敢えて声を潜めて語りかけ、まるで主人公を飲み込んでしまうような凄みがあった。
倫理観を忘れ、状況に流されて人体実験を行う関係者たちと対をなすのが、教授の妻であるドイツ人の女性だ。回復の見込みのない患者に最善を尽くさない彼らに、罪の意識を問いかける。彼らとて罰が下ることを恐れていないわけではないが、それは世間からの罰だ。彼女が想定している「神」とは違う。神は絶対だが、世間はそうではなく、いくらでも誤魔化せてしまう。日本は欧米のような宗教観を持たないから不正に弱いのかもしれない。道徳や倫理を遵守する事よりも周囲の空気を読むことを重んじてしまう。この風潮は今でも変わらない。
映画はモノクロだが、そもそも病院に灰色のイメージがあるからか、あまり違和感を感じることなく見ることが出来る。映画のテーマにも合っていた。それから、結構しっかり描かれる手術シーンのグロさを軽減させる意図もあったように感じた。
スタッフ/キャスト
監督/脚本 熊井啓
原作
出演 奥田瑛二
成田三樹夫/田村高廣/岸田今日子/根岸季衣/岡田眞澄/神山繁/千石規子
音楽 松村禎三