★★★☆☆
あらすじ
大学を卒業し、人であふれかえる社会で先が見えた会社員生活をスタートさせた男。
感想
満員電車に揺られ、定年までの日々を過ごす会社員生活を皮肉ったブラックコメディだ。冒頭の明治時代から現代までの各時代の大学の卒業式を映し出し、大卒が珍しいものではなくなっていく様子を簡潔に表現するシーンは見事だった。しかも主人公の卒業式は、大雨の屋外で傘をさして、とちゃんとオチも決まっている。
主人公は大学卒業の時点ですでに人生に冷めている。会社で働き始めることで定年までの自分が予想出来てしまい、決まり切った人生を歩む味気なさを感じているのだろう。その気持ちはよく分かる。だが考えてみれば、乱世でもなければ、これまでの人類の歴史でそれは普通だったはずだ。農民は田を耕し続け、商人はモノを売り続けて人生を終えた。
現代はかつての時代より多くの人が安定した生活を送れるようになった。だから本来であれば社会の発展を喜ぶべきはずのことだ。だが、多くの人が適合できるように効率化した結果、すべてが画一化されて無機質となり、人間性が失われてしまった。詰め込むだけ詰め込んで毎日「社会の歯車」を運ぶ満員電車はそれを象徴するような存在だ。どこかチャップリンの映画を思わせるような社会風刺を交えつつ、それらが描かれていく。
そんな冷めた世の中を何とか熱く生きようと努力する主人公。だが凡庸だが安定した人生のレールから外れてしまった途端、一気に厳しい現実に直面する。そのきっかけは両親の精神状態がおかしくなってしまったからだが、当時の感覚で素で言っているだけなのか、ジョークのつもりなのか、人権に配慮しない際どいセリフの連発で可笑しかった。主人公の父親を演じる笠智衆ののんびりとした口調がシュールさを増幅する。
うんざりする安定した人生か、悲惨で不安定な人生かの二択しかない社会はしんどい。夢も希望もない人生に必死にしがみつこうとすれば、精神に異常をきたすのも当然だ。コメディなのに真面目な話をしてしまうと、味気ないサラリーマン生活を豊かなものにするために、労働環境の改善を訴えていくべきだった。そういうものだから仕方がない、とあきらめてきた結果が、今の労働状況だ。
終盤は精神病をネタにしたブラックなものが増えていき、これ一辺倒になってしまうのかと危惧したが、しばらくしたらそこから離れていったので安心した。そこそこ笑えるのだが、後半の展開は段々と物悲しくなる。コメディ映画なのだから、どんな形でもいいので、最後は笑って終われるようにして欲しかった。
スタッフ/キャスト
監督/脚本 市川崑
脚本 和田夏十
出演 川口浩/杉村春子/小野道子/川崎敬三/船越英二/潮万太郎/山茶花究/見明凡太朗/伊東光一/浜村純/入江洋佑/袋野元臣/杉森麟/響令子/新宮信子/葉山たか子/半谷光子/佐々木正時/酒井三郎/葛木香一/泉静治/杉田康/花布辰男/高村栄一/春本富士夫/南方伸夫/宮代恵子/久保田紀子/直木明/志保京助/此木透