★★★☆☆
あらすじ
孤児だった自分を実の息子同然に育ててくれた大恩人を、自分の作った刀が原因で死なせてしまった刀鍛冶は、仇討のために精魂込めた刀作りに励む。
感想
自分が原因で育ててくれた恩人を死なせてしまった刀鍛冶が主人公だ。しかしその経緯がなかなか切ない。恩人の男は、息子同然に育てて刀鍛冶にした主人公から初めて作った刀をプレゼントされ、嬉しくてさっそく帯刀していたら肝心な時に簡単に折れてしまい、主君に叱責されてしまう。この天国から地獄のような展開は、人間世界の不条理がよく表れている。悪意なんて何もなかった恩人と主人公に起きてしまう悲しい人間ドラマだ。
その後、それがきっかけとなって恩人は殺されてしまい、主人公は悔いて自分を責めるがやがて気持ちを改め、仇討のための刀作りに励むようになる。この映画は終戦直前の1945年1月に制作されたもので、そんな時に誰が映画を見ていたのだ?と思ってしまうが、主君の恩に報いることは大事、勤王の精神は大事、そのために各々が精進することが大事、とプロパガンダが巧みに忍び込まされている。
それでもプロパガンダ臭を感じさせないところがさすがだが、逆に言えばたちが悪いのかもしれない。本人がその気になったり、誰かに利用されたら、いとも簡単に国民を騙して誘導出来てしまう能力があるということだ。
精進の果てについについに主人公は刀を完成させる。そして仇討をする恩人の娘に刀を届け、助太刀として共に復讐相手のところに乗り込むのだが、この仇討シーンはなかなか見ごたえがあった。横移動しながらの長回しで、主人公らがタイミングよく助勢しながら、女が仇討を果たすまでがスリリングに描かれる。
江戸時代は女が男に仇討を挑むことは珍しくなかったようだが、バリバリの武士相手に女がこんな風にわりとあっさりと勝ててしまうものかと思ってしまった。この女も父親に剣術の指導を受けていたのでそれなりの力はあるのだろうが、相手だって同じように鍛錬していたはずだ。話は変わるが、演じる山田五十鈴は、冒頭の稽古シーンですごい気合の声を出していて面白かった。
仇討された男もよく考えてみれば、気になっていた女の父親に結婚を申しこんだら断られて逆上して斬殺してしまうのもすごいし、その女に仇討されてしまうのもすごい。なかなか数奇な人生だ。残された家族はさぞや困惑したことだろう。
最後はラブコメ風のエンディングで、ちゃんとエンタメ感のある映画に仕上がっている。そもそもタイトルからしてエンタメ味がある。今でも人を惹きつけられそうだ。そんなに刀鍛冶のシーンはいらないだろうとか、なぜそこに女の幻が登場するのだ?とか思ってしまう部分はあるし、女メインの仇討物語の方が普通に見たかった気がするが、戦時中の色々と制限がある中でこのレベルの映画を作れてしまうのは、やはり監督に力量があるからなのだろう。
スタッフ/キャスト
監督 溝口健二
脚本 川口松太郎
製作 マキノ正博
出演 花柳章太郎/山田五十鈴/大矢市次郎/柳永二郎/伊志井寛