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「残菊物語」 1939

残菊物語 デジタル修復版

★★★★☆

 

あらすじ

 歌舞伎の名門の養子となるも反発し、家を出て役者修行を続ける男と、それを支える元女中の女。

 

感想

 古い映画なので少し警戒しながら見始めたのだが、普通に映画の世界に引き込まれていった。映像や音声の粗さは次第に気にならなくなる。若干、人の多いごみごみとした場所の音声が聞き取りづらかったが、それは敢えてで、セリフを伝えることよりも喧噪そのものを表現しようとしているように感じた。

 

 周りにちやほやされる中、唯一率直な意見を言ってくれる女中に惚れた歌舞伎の名門の跡取りが主人公だ。女中との恋が認められずに反発して家を飛び出し、ひとり大坂で下積みから修行を始める。やがて主人公を追うようにやって来た女中と一緒になるが、役者としてはなかなか目が出ない。やがてはドサまわりの旅役者にまで落ちぶれていく。

 

 

 主人公がどんな苦境に陥っても、元女中はそれを支え続ける。そんな彼女が時おり披露する主人公に対する役者評が面白い。素人なのでよく分からないのですが…などと前置きしながら、このままだとこの先ヤバいぞ、と警告したり、どん底に思えるかもしれないがこれまでの苦労のおかげで少しずつ芸に深みが出ている、もう少しだ、と励ましたりする。的確で深みがあり、何者?と訝しんでしまうようなレベルだ。一般人の感想としてはシャープ過ぎる。

 

 やがて元女中の働きかけにより、主人公は中央に復帰するチャンスを手に入れる。だがそれと引き換えに、身分不相応とされる元女中は身を引かなければならない悲しい運命にある。それでも主人公の成功を祈り、舞台袖で一心不乱に祈る姿は神々しかった。

 

 自己犠牲の内助の功で、ひたすら男に尽くした女の話のようであるが、玉の輿狙いだと陰口を叩いた周囲に対し、彼女がそうではなく男を一人前の役者にしたかっただけだ、と示したいがために女の意地を見せる物語のようにも見える。身を引き病床にあった彼女が、大旦那の許しを得たと見舞いに来た主人公に言われた時の、報われたと喜ぶ姿は印象的だった。

 

 長回しのシーンが多く、その中で時おりカメラが横や前後に大きく動くのが気持ちよかった。一定のリズムにアクセントが加わったような感触がある。しかし開放的な日本家屋は長回しに向いているのかもしれない。完全な壁で区切られていないので、カメラの移動が楽そうだ。

 

 華やかな場所に立つ主人公と寂しい場所にいる女が交互に映し出されるラストシーンは、その対比が鮮烈だ。だがもしかしたら二人の心中は全く逆なのかもしれない。しみじみとした深い余韻に浸ってしまう。

 

スタッフ/キャスト

監督 溝口健二

 

脚本 依田義賢

 

原作 残菊物語―他二篇 (1956年) (角川文庫)

 

出演 花柳章太郎/森赫子

 

音楽 深井史郎

 

残菊物語 - Wikipedia

 

 

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